1年目のまとめ(1)リスクと安全をヘッジするということ

| コメント(0) | トラックバック(0)
仙の森の渓谷コースは、ロープで上ったり下りたりするような、難関コースです。昨年秋、ゴン太を連れて行ったときには、そうとう緊張しましたし、走破したときには、感動のあまりゴン太を抱きしめました。なのに、今年3月には、チャコを連れて行くこととなりました。そして、チャコもまた、私が手を添えたとはいえ、走破しました。「あの」アドベンチャーワールドの渓谷に4歳のチャコを連れていったのは、チャコが強く望んだからでもありますが、私自身がリスクを理解したからでもあります。

昨年7月31日、信楽小学校の児童が、四万十川で水死するという痛ましい事故がありました。「集まれ野生人」という6泊7日のキャンプ事業ということで、なかなかいい取り組みではないかと思うのですが、現場の写真を見ると、厳しいコメントを発せざるを得ません。

この川で子どもを泳がせるなど、言語道断です。甲賀市は、事故を受けて、マニュアルの作成と、指導者の講習受講を定めましたが、ちょっとピントがずれているように思います。自然は変化自在ですし、マニュアルでは対応できません。目の前の状況を、経験と勘で判断し、最適な対応をしなければなりません。必要なことは、指導者が様々な危険を経験することと、危険のケースごとにケーススタディを蓄積することでしょう。

渓谷のリスクは、「落ちる」ことです。落ちるリスクは、それ以上落ちない底があります。底を考えることで、リスクヘッジができます。

川のリスクは、流れと深さが限度を超えれば無限リスクとなります。事故現場の写真は、川底が見えず、流れもかなりのものです。これを見て、無限のリスクを感じないことが問題です。流れのない場所で子どもがおぼれたとき、助ける方法がないわけではありません(時間制限がありますが)。流れのあるところでおぼれたら、助けに行けません。長時間たってから助けても意味ないのです。スタッフの手の届かないところへ、瞬時に行ってしまうというのが、無限のリスクです。リスクヘッジのしようがありません。

自然に対する経験と勘は、数値ではかれるものではなく、資格にしうるものでもありません。目の前の自然が含有するリスクがどのようなものであるかを見極めること、そのリスクを回避、あるいは軽減する方法はどのようなものがあるかということ、そういう感性が、生きる力そのものではないかと思います。

さてさて、前置きが長くなりました。
3月某日、村教育委員会の次長が、私のいない間(昼間)、わが家へ来ました。
「お気持ちに変わりありませんか?」
ナナ「今の生活に満足しています。気持ちに変化があったらこちらから相談に行きます」
次長「ああ、それは1年前にも聞いていますが、一度も足を運ばないのも・・・」

という決まり切った問答をして、そそくさと帰って行かれたそうです。教育委員会は、就学の督促をしないとまずいので、まったく無意味とわかっていても、いちおう、パフォーマンスします。わが家も、無意味なパフォーマンスとわかっていますが、教育委員会を困らせてもしょうがないので、演劇のごとく、てきとうにおつきあいしています。

次長が帰ってから、ゴン太が聞いたそうです。
ゴン太「今の人、だれ?」
ナナ「教育委員会の人だよ。ゴン太に学校へ行かないかって、誘いに来たの。ゴン太は学校へ行きたい?」
ゴン太「ぼく、学校へ行きたくない」

普通の親なら、子どもが困ったことを言い出したと悩みそうですが、わが家では、子どもがすくすくと育っていることににっこりです。

ゴン太が学校へ行きたくないと意思表示したのは初めてです。ホームスクーラーの中には、子どもが学校へ行きたいと言ったら困るという人もいます。私たち夫婦は、子どもが学校へ行きたいと言ったら学校へ行かすことを検討する気でいます。(その「学校」は近所の小学校とは限りませんが)

ゴン太が学校へ行きたくないと言ったのを喜んだのには、わけがあります。実は、私たち自身、何が子どもにとって最良の教育か、わからないままホームスクーリングにのぞんだのです。ナナの入院を契機に、ホームスクーリングの第二フェーズへ進みました。あらためて、そのことを綴ってみます。

ホームスクーリングもまた、世間の標準と信じられていることと違う世界へ踏み出すのですから、リスクを負うはずです。リスクがあるから避けようというのは、安全に見えて、実は危険です。リスクを知らないことは、さらなるリスクだからです。最良の安全は、最適なリスクヘッジです。リスクヘッジなきアドベンチャーは、自殺行為です。

ホームスクーリングそのものは、正しいことでもなく、間違ったことでもありません。自然は、悪魔でもなく、神様でもありません。究極の中立公正です。しかし人間は、自然を悪魔と見たり、神様と見たりします。自然は、人間にとって大きなリスクです。リスクをヘッジすることこそが、安全です。学校教育が、流れに身をまかせることならば、ホームスクーリングは流れをヘッジすることでしょう。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://souraku.net/mt/mt-tb.cgi/59

コメントする