1年のまとめ(4)赤ちゃん誕生!!

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さてさて、2歳、4歳、7歳を抱えて、突然の父子家庭。入院した日は病院たらい回しの刑に合い、遠方に飛ばされる寸前で○○○病院へもぐりこむことに成功し、2つ目の病院で医療崩壊の現状を切実と語られ、リリコ出産時とはまるで状況が変わってしまったことを思い知り、それでもなんとか奇跡的に医療難民を避けられて、ほっとしましたが、「明日からどうなるんやろ・・・」と不安がよぎったりもしましたが、不安に駆られていられるほど悠長な状況でもありません。

深夜に2歳、4歳、7歳を連れて帰ったパパは、さっそく明日のご飯をセットして、子どもたちの弁当の確認をして、布団を敷いて、2歳、4歳を着替えさせ、2歳のおむつを替え、寝たと思ったらもう朝で、子どもたちをたたき起こして着替えさせ、おむつを替えて、洗濯して、布団をたたみ、とりいれた昨日の洗濯物(山の上は寒いので、冬季には洗濯は室内干しです)を、子どもたちにたたませて、朝食つくって、昼食作って、弁当詰めて、さあ、子連れ出勤です。子どもたちは別室にいさせましたが、なかなかおとなしくもせず、室内で騒いだりケンカしたり、外へ出て遊んだり。なかなか仕事になりません。

夜帰ると、子どもたちを風呂に入れて、乾きかねる洗濯物を乾燥機にかけたりストーブであぶったりし、布団を敷いて、台所を片づけて、着替えさせて、本を読んで寝させて・・・

2日目からは、職場で子どもたちも昼食、夕食をお世話になることとなり、少し楽にはなりましたが。

とうぜんながら、勉強などどこかへ飛んでいます。日々、生きることが最優先です。勉強みたいなもん、ほっておけ!!という感じです。ママがいると、子どもたちはなんとなく甘えて、できることもママにしてもらいがちですが、父子家庭でそれをやられると、パパはどないもなりません。子どもたちもよくわかっていて、というか、わからざるを得ない状況で、2歳児は着替えもおむつも風呂も自分ではできないので、4歳、7歳は自分でしろよな、って暗黙の圧力があり、パパが号令をかけると、子どもたちはさっと行動するようになっていきました。

「勉強」なんていう言葉はどこにもありません。生きることと関係ないものは棚上げです。え? 勉強は生きることと関係ない? そうなのかもしれません。

最初の週末、12月8日(土)、おむつを買って、ママの身のまわり品を買って、病院へ行き、洗濯物を受けとって、下着などを買い足して、パパが倒れては大変なのでインフルエンザの予防接種をして、子どもたちの本やあれこれ買って、夕食は外食で、家に帰るとパパはダウン。知らんまに子どもたちが布団敷いて、助け合いながら着替えて寝ていました。

翌日、朝起きて、ママの洗濯をして乾燥機にかけたけどなかなか乾かず、ストーブであぶったりなんなりして、もちろん子どもたちにご飯食べさせて、夕方病院へ。子どもたちはママと会えるのがうれしい様子。夜遅く帰ってあれこれ用事して寝たら、またまた朝起きてごはんして洗濯して子連れ出勤。

子連れ出勤も、1週間が限度でした。12月11日(火)、夜、大阪の私の親へ頼み込んで、ばあばに来てもらうこととしました。夜9時から子ども3人連れて大阪へ走り、ばあばを連れて、2時半帰宅。

12日からは、子どもたちはばあばと家で過ごします。ご飯と洗濯は私の手を離れて楽になりましたが、子育ての全部をばあばにいきなりまかせることもできず、夜帰宅してから、子どもたちがパパに飛びついてくるのを相手しつつ、おむつを替えたり、風呂に入れたり、ケンカの仲裁をしたり、本を読んだり・・・

金曜日の夜、大阪へ走り、ばあばを届けてそのまま深夜に帰り、土曜日、病院へ行って、洗濯物を受け取り、日曜日に仕上げて病院へ持っていき、そのまま大阪へ行って、深夜にばあばを連れてくる、というサイクルができました。

ところで、わが家の子たちは、サンタクロースを信じています。今までは、ママサンタクロースが、そっと通販でプレゼントを買って、12月24日夜、枕元に置いておいたのですが、今年はどうやら、そういう演出ができそうにありません。

「今年はママが大変なのでサンタさんに遠慮してもらった」って言おうか、とナナと話したりもしましたが、どうもそれは大人の勝手です。

ゴン太にそっと打ち明けました。
「サンタクロースはな、じつはな、パパとママやねん」
ゴン太は、なかばわかっていたようでもあり、チャコとリリコにサンタクロースの正体を伏せて、協力を求めると、ゴン太は快く承諾。大阪へばあばを迎えに行ったついでに、パパが行方不明となってトイザらスでプレゼントを買って、車の下に隠しました。

12月24日(月、振替休日)には、ナナの側のばあばが埼玉から来てくれて、ばあばチェンジです。25日朝、子どもたちが目覚めると、ちゃんとサンタさんが来てくれていました。子どもたちは無邪気に大喜び。この顔が宝なのよね。これがあるからこそ、どんな試練だって、耐えられる・・・

29日(土)、病院へ行き、主治医と話しましたが、逆子が直らないため退院はできず、このまま病院で正月を過ごすこととなります。1月7日で37週に入り、出産可能となります。4人目なので自然分娩も可能だろうが、逆子の場合、いっぱい機械をつけて万全の体制をとらねばならないこと、帝王切開の方が無難であることを説明され、不自然な自然分娩にこだわる理由はなく、とにかく母子の安全が第一なので、切っちゃってくださいと、ナナも私も迷わず希望しました。

ただ、主治医は、37週に入っても、できるだけ長くお腹にいた方がいいとおっしゃいましたが、予定日は1月28日ですし、3週間がこれほどまでに過酷だったのにこの先1カ月も持ちこたえられるだろうかと、私は呆然としました。

29日、病院から出て、そのままばあばを駅へ送り、埼玉へ帰っていただきました。さあ、またまた父子家庭の再来です。(週末のたびに父子家庭でしたが)

大掃除? そんなもの、今年はおまへん。わが家に正月が来るのは赤ちゃんが無事生まれてからです。年賀状も手をつけていません。赤ちゃんが生まれてから、考えます。

1月1日は大阪へ行き、私の両親と対面しました。そのすぐそばにトイザらスがあり、ゴン太とチャコはお年玉を使って自分でおもちゃを買いたがり、金額の範囲内で選ばせ、さらに福引きをしたいというので、500円でそれぞれさせると、チャコが1等賞!!!!! 25品ほど入った、チャコより大きな袋を受け取りました。縁起がいいのか、運を使い果たしたのか・・・

1日夜、病院へ行くと、さっそくママへ報告。

パパはだいぶと疲れがたまってきて、2日は頭がガンガンして寝込みました。そうはいっても、ご飯、おむつ、洗濯はこなします。3日、病院へ。ママとお腹の赤ちゃんが第一なのは当然として、それでもここでパパが何事かあるとどうにもならないので、できるだけ早くだしてもらいたいと私はとうとう根を上げました。

ナナも心配を募らせていましたが、どうにもできません。

それがお腹の赤ちゃんに聞こえたのか、4日にはお腹が張り始めました。主治医は、7日に帝王切開の予定を決めようと言っていましたが、5日に前倒しとなりました。

5日の午前3時ちょうどに、病院から電話があり、生まれそうだとのことです。帝王切開かどうか、私に判断を求めましたが、帝王切開が間に合わないほどお産が進んでいるようで、「どのようなものであれ病院の最善の選択に同意します」と答えました。

リリコの出産時に徹夜で立ち会って、帰りに新車をぶつけた苦い過去があるので、今回は自重していったん寝て、6時ごろ起きて、子どもたちをたたき起こし、すぐに家を出て、病院へ向かいました。

生まれたかどうかもわかっていませんでしたが、途中でナナに電話すると、無事に生まれたとのこと。8時に病院へ着き、元気な赤ちゃんを確認しました。帝王切開を予定していたのに、帝王切開手術の準備が間に合わないほどするすると出てきて、ほとんど医師が手を添えることなく、赤ちゃんが自力で、足から、すぽん!と参上したそうです。パパを困らせてはならんと思ったのでしょうか。4人目は大ハプニングでありながら、最も安産でした。

上3人は、立合出産でした。ゴン太は、チャコとリリコの出産を見ています。チャコはリリコの出産を見ています。リリコの出産時は、すべてをビデオ撮影しています。今回は、だれも出産を見ていません。それでも、赤ちゃんの誕生がいかに尊いものであるか、子どもたちもひしひし感じたと思います。

赤ちゃんは逆子であるのにこれ以上ないほど安全な生まれ方をしたし、ママも元気だし、ゴン太もチャコもリリコも元気に赤ちゃんの誕生を祝っているし、パパもなんとか持ちこたえたし、すべてが一番いい結果でした。

ゴン太の勉強? 野暮なことは言いなさんな。命を感じる以上の勉強なんて、ありますか? 千尋の谷とはいかなくても一尋の谷から突き落とすごとき自立ほど、優れた勉強はありますか?

父親として、子どもたちには、感謝の言葉しかありません。ゴン太とチャコとリリコには、何度も何度も何度も何度も何度も何度も、ありがとうと言いました。そして、父親として至らぬところが多々あったことを、詫びました。そんな父親でも、子どもたちが力を合わせてカバーしてくれたことをあらためて思い、子どもたち1人1人を抱きしめました。

翌6日には、埼玉からじいじとばあばが来て、大阪からもじいじとばあばが来て、病院でご対面。双方の親は高齢にかかり、遠方でもあり、なかなか顔を合わせることが難しくなってきましたが、いい機会です。わが家の子たちは、どちらのじいじとばあばにも同じようになつきます。急に入れ替わっても平然としています。

わが家はめでたいムード一色でしたが、7日(月)から、私は仕事へ戻ります。9日(水)、昼間時間をもらって、退院です。37週に2日足りなかったため、微妙に早産です。大人の都合で出てきてもらったようなものですが、生命とは、微妙なものです。早産は、おっぱいを吸う力が弱いことにつながります。トウコは、出産後の体重回復が芳しくなく、赤ちゃんを残して母だけ退院という可能性もありました。そうさせてはなるものかと、ナナが母乳を絞ってほ乳瓶で飲ませ、基準体重をクリア。母の愛は強し。

あ、テーマは、ホームスクーリングなのですが、どっか行っちゃってますね。どこ行っちゃったんだろう? 次回に探すことにします。

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