1年のまとめ(5)予定どおりいかないのがあたりまえ

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 怒濤のような1カ月が過ぎ去り、まるでママが帰ってきたことが玉手箱を開けたかのごとき不思議な感覚で、果てしない年月が経過したようでした。長い年月が経過したなら、子どもたちはそれなりに成長していて当然ですし、そうあってもらわねばパパはもたないので、それは当然だったのに、ママは、子どもたちの成長に驚愕していました。

 ママが抱いた感想は
・リリコが関西弁を流暢にしゃべるようになっていた。
 決まり文句「パパはリリコのこと嫌いなのか・・」
 「きもちわるいことすんなー」「あっちいけー」「ダメ~!!」とか、、
  みかけにあわないセリフを平気でするので笑える。
・チャコがパパを譲ってリリコがパパを独占するようになっていた
・チャコとリリコでおままごとができるようになっていた
・ゴン太がママに気を遣うようになった
・ゴン太がパパ代わりができるようになった
・ゴン太とチャコが赤ちゃんの子守をしたがる
・チャコがトランプ(ババ抜き、七並べ)ができるようになった
・チャコが足し算に興味を示すようになっていた・・・・

 ところが、私からすると、「あんた、いったいいつの時代に生きてまんねん?」って感じで、経過した時間感覚に著しいズレがありました。

 とはいえ、ゴン太の勉強なんか、どこかへ飛んで行ってしまっていることはさすがのママにもわかります。あるとき、ママが、ゴン太の話を聞いていて、「なんでそんなことがわかるの!!」って叫びました。私も注意してみると、図書室で借りてきた鉄腕アトムのマンガを読破して、ストーリーを忠実に理解し語っています。問題なのは、鉄腕アトムのマンガは、小学校中学年程度の漢字がルビなしでいっぱい出ていることです。マンガの絵だけ追っているとは考えられない理解をゴン太はしています。何も勉強なんかしていないのに、3-4年生の漢字が読めて、複雑なストーリーを理解できるのでしょうか?

 算数も変です。何も勉強していないくせに、チャコと計算ごっこをして遊んでいます。

 私はそのとき、すっかり忘れていた事実をガツーンと思い出しました。勉強とは、教えてもらうことではありません。自ら学ぶことです。

 ホームスクーリングの第一フェーズにおいて、ゴン太に教えることは避けてきました。漢字でも算数でも、まずは自分で考え、試行錯誤してみる。よほど試行錯誤してから、ヒントを与える。最初から答えを与えることはしない。学校では、答えを教えることから入ります。教えた答えを覚えているかテストします。

 まるでチンパンジーのアイちゃんみたいですね。動物と人間の決定的な差はなんでしょうか? 私は「未知への挑戦」だと思っています。人間は、知らないものを考えたり想像したり研究したりします。既知を与えるだけの教育は、動物のしつけと変わりません。

 そんなことは、私にはわかりすぎるほどわかっていましたし、それへの危機感からホームスクーリングを選択したはずでしたが、「未知への挑戦」を子どもに求めることが学校教育と大差ないことに薄々気づきつつもどうにもできないでいました。

 「未知への挑戦」を子どもに求めることは、子どもにとっては未知ですが親にとっては既知です。予定どおりにことを進めようという、親のエゴがあります。4月13日、積水化学工業のモデルフォレスト時に、予定がずれ込んで、待機が続いたときに、モデルフォレスト指導員さんが、「森の仕事はこんなもんや。予定どおりに行く方がおかしい。予定がずれてふつうや。こんでええねん」とおっしゃっていました。まさに、そうなんですよ。予定どおりに進めようとするからこそ、逆へ進んでしまう。失敗も変更も想定外も、ぜんぶ想定内なのだと考えれば、きわめて親は楽だし、子どもも楽です。

 勉強しなさいというのはよくないが、勉強しなくてもいいよと言ったら子どもは勉強なんかしない。かつて、サマーヒルを批判した「常識人」たちと同じ論理を私も踏襲していましたが、それは間違いです。「勉強しなくてもいいよと言ったら子どもは勉強なんかしない」のは、大人が勉強することを予定しているからなのです。

 ママの入院中の1カ月、ホームスクーリングは崩壊状態でしたが、意に反して、理想的なホームスクーリングでもありました。なぜなら、親は子どもたちに対して何も予定していなかったからです。子どもたちは、ごく短期間に、びっくりするほど「学力」を伸ばしていました。

 これはまさに、親にとって未知のできごとです。しかしながら、親である私の、子どもだった頃の体験を振り返れば、理解できないわけでもありません。子どもを大事に思うおとなたちが、子どもの可能性を阻害している部分もあります。それは、親や学校を否定する主張ではありません。子どもを大事に思う気持ちは、何をおいても尊いものです。が、何事にも両面があるように、尊い親心にも陰があります。子どもを大事に思うがゆえに、大事に思うほど、子どもをスポイルしてしまう。諸刃の剣でしょうか。それは、どうにもできないことなのでしょうか。宿命であると断じてしまうのはたやすいですが、そうではないと、信じたい。それこそが、未知への挑戦でしょう。

 ホームスクーリングは、いよいよ第二フェーズへ転じます。

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