実践レポート: 2007年11月アーカイブ
さて、一昨日与えたデジカメですが、さっそくゴン太は一人前に?使い込んでいます。ふだん、パパやママがしょっちゅうデジカメを使っているので、デジカメをどう使うか、という説明はいらないようです。
ゴン太は、自分が写した写真を、自分のPCで取り込みたいと言いました。わが家では、ファイルサーバを使っており、デジカメ画像は各PCではなく、ファイルサーバに保存しています。だから、どのPCからでも同じようにアクセスできます。しかし、ゴン太とチャコのPCからはファイルサーバにアクセスできません。子ども達にサーバをさわらせることは危険と思うからです。子どもたちのPCには、サーバから一部の写真データをコピーしています。
ゴン太が自分のPCに保存したとすれば、いい学びができそうです。しかし、データの保守(バックアップ等)はなされず、また、ゴン太のPCが起動中でなければ、他のPCから見えません。わが家には、プリンタが3台あります。カラーレーザー(A4)だけ、ネットワークプリンタで、全てのPCから印刷可能です。インクジェットが2台(A4とA3)ありますが、この両者はUSB デバイスサーバを経由してLANに接続されており、4台のPCから印刷可能です。残る4台(うち子ども用2台)はインクジェットで出力できません。こういう仕組みを、7歳のゴン太が理解して、どういうふうに選択するか、考えるネタにしてみます。
ところで、乾電池型充電池が使えなかった理由は、3つ考えられます。
1.デジカメの故障
2.充電器の故障
3.充電池の故障
このうち、1は否定されます。なぜなら、乾電池が使えたからです。おそらく、2も否定できそうです。充電した時、電池が熱くなるからです。3が可能性が高いです。ここまでの考え方を、ゴン太は理解できました。
10日に、充電池を2本、買ってきました。充電すると、使えます。そこで、原因究明と解決ができました。
11日に外出した時、ゴン太は、「充電池が使えたのだから、あと2本買ってほしい」と言いました。「どうして?」と聞くと、「充電しているときに使えないから」とゴン太が答えました。何でもないことのようですが、ここにすんなり気づいてくれたのは、かなりうれしい。まだ起きていない事態を想定して対策を考える能力というのは、あんがい多くの人が苦手とします。充電池ぐらいどうってことはないのですが、まず、このへんから学びを起こしてくれるとありがたいです。
こういう能力は、なかなか学校教育で育てにくい部分です。でも、実社会では、かなり重要で、生きる上でも、仕事でも、大きな差ができてきます。
処分しようかと思っていたデジカメが、意外にもすぐれた教材と化し、ゴン太が重要な学びを深めてくれる様子を見れば、あらためて、学びとは何なのか、と考えてしまいます。
学校教育では、情報教育として、既成のPCを与え、管理下で制限的な使い方をし、子どもの興味とは関係なしにカード作りやワープロデータ作りをしているところが多いようです。インターネットにもフィルタリングをかけているでしょう。子どもたちは、何を学ぶでしょうか?
PCや情報機器は、古くさくても非力でもいいから、壊してもいいものを与え、または自作させ、様々な状況を分析し、課題を発見し、自分で解決していくこと。そうすれば、PCなんて勝手に使えるようになります。情報教育で大事なのは、PCを扱うというオペレータ的な要素より、必要な情報を入手し、分析・加工し、適切に発信し、またあらゆる危機に対応していくこと、つまり、リテラシー的な要素だと思います。
PCやデジカメを買い換えた時、同時に貴重な教材が誕生しています。
ゴン太は、自分が写した写真を、自分のPCで取り込みたいと言いました。わが家では、ファイルサーバを使っており、デジカメ画像は各PCではなく、ファイルサーバに保存しています。だから、どのPCからでも同じようにアクセスできます。しかし、ゴン太とチャコのPCからはファイルサーバにアクセスできません。子ども達にサーバをさわらせることは危険と思うからです。子どもたちのPCには、サーバから一部の写真データをコピーしています。
ゴン太が自分のPCに保存したとすれば、いい学びができそうです。しかし、データの保守(バックアップ等)はなされず、また、ゴン太のPCが起動中でなければ、他のPCから見えません。わが家には、プリンタが3台あります。カラーレーザー(A4)だけ、ネットワークプリンタで、全てのPCから印刷可能です。インクジェットが2台(A4とA3)ありますが、この両者はUSB デバイスサーバを経由してLANに接続されており、4台のPCから印刷可能です。残る4台(うち子ども用2台)はインクジェットで出力できません。こういう仕組みを、7歳のゴン太が理解して、どういうふうに選択するか、考えるネタにしてみます。
ところで、乾電池型充電池が使えなかった理由は、3つ考えられます。
1.デジカメの故障
2.充電器の故障
3.充電池の故障
このうち、1は否定されます。なぜなら、乾電池が使えたからです。おそらく、2も否定できそうです。充電した時、電池が熱くなるからです。3が可能性が高いです。ここまでの考え方を、ゴン太は理解できました。
10日に、充電池を2本、買ってきました。充電すると、使えます。そこで、原因究明と解決ができました。
11日に外出した時、ゴン太は、「充電池が使えたのだから、あと2本買ってほしい」と言いました。「どうして?」と聞くと、「充電しているときに使えないから」とゴン太が答えました。何でもないことのようですが、ここにすんなり気づいてくれたのは、かなりうれしい。まだ起きていない事態を想定して対策を考える能力というのは、あんがい多くの人が苦手とします。充電池ぐらいどうってことはないのですが、まず、このへんから学びを起こしてくれるとありがたいです。
こういう能力は、なかなか学校教育で育てにくい部分です。でも、実社会では、かなり重要で、生きる上でも、仕事でも、大きな差ができてきます。
処分しようかと思っていたデジカメが、意外にもすぐれた教材と化し、ゴン太が重要な学びを深めてくれる様子を見れば、あらためて、学びとは何なのか、と考えてしまいます。
学校教育では、情報教育として、既成のPCを与え、管理下で制限的な使い方をし、子どもの興味とは関係なしにカード作りやワープロデータ作りをしているところが多いようです。インターネットにもフィルタリングをかけているでしょう。子どもたちは、何を学ぶでしょうか?
PCや情報機器は、古くさくても非力でもいいから、壊してもいいものを与え、または自作させ、様々な状況を分析し、課題を発見し、自分で解決していくこと。そうすれば、PCなんて勝手に使えるようになります。情報教育で大事なのは、PCを扱うというオペレータ的な要素より、必要な情報を入手し、分析・加工し、適切に発信し、またあらゆる危機に対応していくこと、つまり、リテラシー的な要素だと思います。
PCやデジカメを買い換えた時、同時に貴重な教材が誕生しています。
私は、パソコンを自作します。なので、台数が増えていきます。とうぜん、古いPCが浮いてきます。その活用として、子どもが2歳になったら、PCを与えています。パパやママのPCをさわらないよう、予防線でもあります。この件は、また書くとして、昨夜、ゴン太が急にデジカメを欲しがりました。
今、わが家にはデジカメが4台あります。うち1台は、昔使っていたけど今は全く使っていない機種です。これをゴン太に与えました。7歳児が専用のデジカメを所有するのは珍しいと思いますが・・・
乾電池型充電池を使用するタイプです。長らく使っていなかったので、充電池が作動しません。乾電池なら作動します。そこで、液晶をoffにして、乾電池で1日撮影を繰り返しました。機械を使うということ、しかしながら思うようにならないということ、いい勉強ではないかと思っています。
こわしてもいいので、デジカメを通じて、いろんなことを学んでほしいと思います。
今、わが家にはデジカメが4台あります。うち1台は、昔使っていたけど今は全く使っていない機種です。これをゴン太に与えました。7歳児が専用のデジカメを所有するのは珍しいと思いますが・・・
乾電池型充電池を使用するタイプです。長らく使っていなかったので、充電池が作動しません。乾電池なら作動します。そこで、液晶をoffにして、乾電池で1日撮影を繰り返しました。機械を使うということ、しかしながら思うようにならないということ、いい勉強ではないかと思っています。
こわしてもいいので、デジカメを通じて、いろんなことを学んでほしいと思います。
今年の春から、ゴン太は小学生です。
ホームスクーリングというのは、「学校に行かない」のではなく、「別の学校へ行っている」のです。けっして、教育をしていないわけではありません。むしろ、学校ではできないような、教育をしていくことにこそ、意味があります。
学校というのが何であるか、なぜ学校でない学びを選択したか、小学校進学時に、ゴン太としっかり対話をするよう心がけています。
さて、4月から、子どもがいやがらないように気をつけながら、基礎体力作りをしています。
絵本の書き写しはやりにくそうになってきたので、昔話を薄く原稿用紙に印刷して、鉛筆でなぞるようにしました。算数は、1桁の足し算・引き算を毎日25問(私がExcelで自動作成)。この2つは、私がPCで教材を作成しました。ただし、勉強することを強制はしていません。
春頃、勉強をいやがった時期があり、勉強させようとしたら絶対に逆になるので、勉強させたいときにはその逆をやった方がいいと考えました。「安全に必要なのは危険であり、健康に必要なのは毒である」の発想です。ゴン太に、「勉強することが大事だということを勉強するために勉強しないということをやってみるのも勉強のうちだから勉強するのをやめてみなさい」と言ったけど、さっぱり意味がわからない様子です。3回同じことを言ってみました。けどやっぱりわからなかった・・・。
ゴン太は、一生懸命考えて、「勉強してはいけない」というふうに理解したようです。私の言葉は「勉強禁止令」へとすり替わっていきました。勉強してはいけません。本を読むことは勉強ではない。図鑑を見ることは勉強ではない。虫を観察することは勉強ではない。と、ゴン太は無理に自分で言い聞かせていました。
そのうち、どうも、勉強と勉強でないこととの区別が難しくなってきて、勉強しないでいることが意外と難しいと、おかしな事態になってきて、勉強しないことをギブアップしてしまいました。
勉強禁止?後1カ月ほどで、禁止令解除。それからしばらくは、すいすいと勉強しました。
ホームスクーリングというのは、「学校に行かない」のではなく、「別の学校へ行っている」のです。けっして、教育をしていないわけではありません。むしろ、学校ではできないような、教育をしていくことにこそ、意味があります。
学校というのが何であるか、なぜ学校でない学びを選択したか、小学校進学時に、ゴン太としっかり対話をするよう心がけています。
さて、4月から、子どもがいやがらないように気をつけながら、基礎体力作りをしています。
絵本の書き写しはやりにくそうになってきたので、昔話を薄く原稿用紙に印刷して、鉛筆でなぞるようにしました。算数は、1桁の足し算・引き算を毎日25問(私がExcelで自動作成)。この2つは、私がPCで教材を作成しました。ただし、勉強することを強制はしていません。
春頃、勉強をいやがった時期があり、勉強させようとしたら絶対に逆になるので、勉強させたいときにはその逆をやった方がいいと考えました。「安全に必要なのは危険であり、健康に必要なのは毒である」の発想です。ゴン太に、「勉強することが大事だということを勉強するために勉強しないということをやってみるのも勉強のうちだから勉強するのをやめてみなさい」と言ったけど、さっぱり意味がわからない様子です。3回同じことを言ってみました。けどやっぱりわからなかった・・・。
ゴン太は、一生懸命考えて、「勉強してはいけない」というふうに理解したようです。私の言葉は「勉強禁止令」へとすり替わっていきました。勉強してはいけません。本を読むことは勉強ではない。図鑑を見ることは勉強ではない。虫を観察することは勉強ではない。と、ゴン太は無理に自分で言い聞かせていました。
そのうち、どうも、勉強と勉強でないこととの区別が難しくなってきて、勉強しないでいることが意外と難しいと、おかしな事態になってきて、勉強しないことをギブアップしてしまいました。
勉強禁止?後1カ月ほどで、禁止令解除。それからしばらくは、すいすいと勉強しました。
最近のコメント