交流スペースがほしい!


土地


 いちばんみんなが集まりやすい、小学校前に、交流スペースを作ろうと、努力しています。
 明治維新に開拓された童仙房は、4回にわたって入植があり、その後も、様々な地域から移住者があります。いってみれば、アメリカのようなものです。一般に、農村は、閉鎖的で因習や慣習に縛られていると思われがちですが、ここはちがいます。
 新しい人やできごとを積極的に受け入れていこうという空気に満ちています。私たちは閉鎖的な土地にはなりたくありません。いろんな地域の人たちと幅広く交流していこうと望んでいます。
 でも、一方で、自然を平気でふみにじるような人もやってきます。
 私たちは、とまどいます。多くの人に、童仙房の良さを知ってほしい。すばらしい自然を、わかちあいたい。でも、自然をいためる人には、来てほしくない・・・

 交流スペースを作るためには、行政にたよるばかりではダメだと思っています。自分たちが積み上げた童仙房区のお金を使って用地の取得をします。田んぼとして使われていた土地ですが、みんなが(地元の人も都会の人も)集まるのに最適だから、そこに決めました。書類上の手続きがいろいろあって、簡単ではありませんが、現在、仮登記が終わって、もうすぐ、本登記ができそうです。
 童仙房とは、南山城村の童仙房区のことです。「村」という行政単位の下に、「区」という単位があります。
 「区」が土地の登記をできるのか? それは、近年、法改正があって、「区」が法人格を取得できることになったのです。今までなら、区の代表者が個人名で登記しなければいけなかったのに、今は、法人を取得すれば、「童仙房区」の名義で登記できるのです。
 私たちは、1998年秋、がんばって、童仙房区で法人を取得しました。

 さて、このスペースをどう使っていけばいいでしょう?
 研究者の宿泊、クラブなどの合宿、キャンプあたりは、すぐにでも需要がありそうです。できれば、地元と都会とが交流をはかれるような、都会の人に地元を体験してもらう「グリーンツーリズム」的なものを考えていけるといいですね。
 また、ふだん、地元の人が集会にも使いたいです。
 すると、なんらかの建物が必要ですね。これは、地元の人たちだけではムリです。なんとか、行政の方で支援していただけたらと思います。
 こういった交流の中から、地元に住みたいと思う人たちが出てくれれば、ありがたいです。童仙房では、永住者を基本的に歓迎しています。