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60年後も通用する教育を始めよう!!

新しい学びの場をつくる

フィールドの構想

キーワード「不登校」の展開

 私は教育の専門家ではないし、一家言を持つと言えるほどのこともありません。ただ、今の学校教育は行き詰まっているだろうし、学校教育の範疇でいくら打開策をさがしても見つかりそうにないだろうというのが、私の考えです。それは、生徒の数が多いか少ないかという問題とは全く異なるものです。

 学校教育とオルタナティブな教育とは、相容れないものであると一般に考えられることが多いようです。しかし、その両者をつなぐ存在があります。その一つが、不登校でしょう。私が不登校に関心を持った理由は、そこにあります。

 ですから、不登校の子への心のケアだとか、学校へ戻すための支援だとかは、私の関心外です。そういう取り組みが無意味だと言うのではありません。心のケアを必要とする子も現実にいます。しかし、不登校を逸脱と見なし学校へ戻そうとする視点は、あたかもオルタナティブ教育を「異界」とするかのごとしです。大げさではありません。学校教育を絶対視する人たちは依然として少なくありませんし、オルタナティブ教育を理解せず、「ない方が望ましい」と考えている人がいまだにいることは、学校教育の改善を妨げている一因であるでしょう。

 私がこのプロジェクトに「不登校」というキーワードを持ち出したのは、こういうコンテクストによります。学校教育の開放を望むが故です。こういう言い方をすると、学校教育を否定すると受けとる人たちがいることを心に留めておく必要があります。AかBかという選択肢があるとき、「AまたはB」だけでなく「AかつB」もあり得ます。しかし、AとBの選択肢において二者択一しか設定できない思考は、まさに学校教育の弊害の1つであろうとも思われます。こういうと、またまた学校教育を否定していると受けとる人がいるでしょう。どんな事象であれ、負の側面をどこかに持つことはまさに現実です。負の側面を取り上げ改善していくことこそ、その事象の正の側面を強化することにつながるのですが、負の側面に目をやれば全否定と受け止めてしまう。閉塞あるのみです。

 つまらない堂々巡りはこのくらいにしておいて、私が不登校を持ち出したとき、誤解や曲解に基づく次のような懸念があります。

 この懸念の帰結するところは、学校教育の現状を肯定し固定化する恐れです。これでは何をやっているのかわかりません。

キーワードは、「生涯学習」

 京大グループと話を重ねるうち、不登校支援でなく生涯学習というテーマの方がいいのではないかという方向が出てきました。生涯学習は、学校教育とオルタナティブ教育の統合を図る概念であり、私が不登校というキーワードの先に見ていたものと、一致します。それが京大側から出てきたことは、とてもありがたいことです。生涯学習は、学校教育と無縁ではなく、学校教育に置き換わるものでもなく、学校教育を否定するものでもなく、学校教育と対峙する(面もある)オルタナティブ教育をもその範疇に組み入れていく概念と言えるでしょうか。

 もちろん、不登校児童が生涯学習に参加することはあるでしょうが、生涯学習は不登校児童のためのものではなく、すべての人のものです。あえて「不登校」と掲げる必要はありません。

 であれば、「その場」は、学校教育法に定められる学校ではないでしょう。どんなものであるか。我が国で初めての教育空間であるのかもしれません。そのような場を目指したであろうと思われる取り組みは、いままでにもたくさんありました。イーハトーブや、最近ではフリースクールがそうでしょうか。でも、どの取り組みも、いまの我が国において、大きな意味を持つものになり得ていないでしょう。どんな蓄積がなされ、何が足りなかったか。その検証も大切でしょう。なんだか、大きなプロジェクトに育ちそうです。

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