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60年後も通用する教育を始めよう!!

新しい学びの場をつくる

風と雲の広場 200710 の様子

11月28日の風と雲の広場、4月とはかなり違ったものとなり、私は大成功だったと思います。しかし、これで最高というわけでもなく、さらに進歩させていくことを考えたいと思います。

28日は、朝から大忙しです。テント設営、机、椅子を運び出し、掲示物、のぼりなどをセットしました。

10時には、まだあまり来場者はありませんでした。予定したスケジュールどおりの運用ではなく、会場を見て、融通をきかせながらの運用でした。

虹の万華鏡作りが大好評で、ひっきりなしに人が群がり、作っていました。

虹の万華鏡づくり
紙コップで虹の万華鏡づくり
虹の万華鏡
紙コップをのぞくとこんな感じ

11時30分から、大野先生の化石のエクステンション講座が始まりました。

村内の兄弟が、化石を楽しみに来ていて、始まるのをカウントダウンしていました。教室に大人子ども合わせて20人余りが集まりました。ちょうどよい人数でした。大野先生が、三葉虫の化石を使いながら、例えば「三葉虫はどうやって身を守ったか」などと問いかけ、いろんな仮説を出させて討論し、最後に化石で検証するという作業を繰り返し、5-6歳児にもわかる内容と話でありながら、また、幼い子どももおとなもひきつけつつ、「仮説を立てて、検討し、証拠で検証する」というプロセスの重要さを説いていました。

化石レプリカ
化石のレプリカを石こうで作成
エクステンション講座
エクステンション講座が始まりました
三葉虫のスケッチ
三葉虫のスケッチが、観察の基本です
三葉虫のぬいぐるみ
特製ぬいぐるみで三葉虫の生態を解説

昼頃には、来場者が増えてきて、100人以上いたと思います。区民広場も駐車がいっぱいでした。

ここ1-2年は、村内でどんな行事やイベントをやっても、地域住民の参加はかなり少なく(ほとんどない状態)になってきています。これは、童仙房とか、南山城村とかの問題ではなく、日本中で地域コミュニティが崩壊しつつある現象ではないかと思います。 そんななか、新たなコミュニティ再生(というか、創造)を、総務省も主導していますが、いま私たちがやりつつあることもそういう文脈ではないかと思います。

rimaconaの音楽がとてもよかったです。とくにナナがはまってしまって、CDを買いました。野童太鼓も、演奏を重ねるごとに上達が見て取れます。

リマコナ
rimacona
野童太鼓
野童太鼓
チャオ

チャオの広場は、びっくりするぐらいたくさんの品物が出て、それを手に入れようと、交換の時がくるのを待ちかまえている子たちがいました。(うちの子たちはチャオの広場のことを「こうかんこうかん」と言ってます)

いっせいに交換を受け付けると混乱することが明らかだったので、チャオを持っている人にならんでもらい、5人ずつチャオの広場へ入ってもらい、交換が終わってから、次の5人と交替するという形にしました。一度に交換できるチャオは1枚だけです。交換はスムーズに行ったように見えます。

我が家では事前に何も品物を用意していなかったので、当日の朝になってあわてて、出品するものを探したのですが、とくにゴン太は「子どもが欲しがるもの(ぜったいに誰かがもらってくれるもの)がいい」とこだわっていました。そしておもしろいことに、1回目の交換時はゴン太もチャコもなぜかこうかんこうかんが始まる前に「交換したい・・・」と言っていたものと、違うものをもらってきていました。

それと、交換が自分ではできないうちの末っ子、リリコのために近所の小学生の女の子が寄付ボックスからもらったチャオでいろんなものをもらってくれたのが、おもしろいなーと思ってみてました。

今後の課題というか、次回以降、より交流を意識するのならば、”スタッフとお客さん”となるよりも、”全員がスタッフ”もしくは”全員がお客さん”のようなスタンスがいいなーと思いました。この場合、もちろん、とりまとめ役とかリーダーみたいな人は必要かと思いますが・・。

私個人的な考えとして、「交流」というものがもたらす学びや知見はかなり大きいです。書物から学ぶ事柄より、生きた人間から学ぶ事柄の方が、はるかに大きい。でも、交流という体験は、意外とないものです。私も、大学を出て、社会人になって、それでも交流は未体験でした。実に、交流の初体験は、童仙房へ来てからです。組織や肩書きを脱ぎすててからのことでした。あえて交流を実現していくことの意義は、経験上からも大きいように思います。


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