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60年後も通用する教育を始めよう!!

新しい学びの場をつくる

いきさつ

統合決定で失うもの

野殿童仙房小学校統合への経緯」で書いたように、これから先の時代の教育のあり方に近い公教育である野殿童仙房小学校が、なくなることが決定しました。統合に最も反対してきたのは私であると、地域の方々は思っているようですが、何度も言ってきたように、私が反対するのは「統合」ではなく「野殿童仙房小学校の廃校」です。統合そのものは、是でも非でもなく、言ってみれば、どちらでもいいことです。

じゃあ、なんで「野殿童仙房小学校の廃校」に反対なのかというと、現在そうとうな歪みを呈し、今のままの形で公教育が今後も続いていくことはなさそうな状況の下、明治初期以来の古色蒼然とした公教育の制度のなかで、例外的ともいえるほどポスト公教育の様相を示していた野殿童仙房小学校こそ、次世代に続きうる(時代を乗り越えられるかどうかは、他の小学校と同様、定かではありませんが)と考えていたからです。なんで野殿童仙房小学校がそうなのかというと、山の上という地理的条件、全校生徒14名というきわめて少人数であること、なにより、童仙房が開拓地であるという地域的風土によるのではないかと考えています。

統合決定は、きわめて大きな損失(地域にとって、日本にとって)であろうと思われます。

統合決定で生まれるもの

ここで、「野殿童仙房小学校への固執」であるなら、すべてが終わりです。「統合反対への固執」であっても、ジ・エンドです。

しかし、原点は、「わが子に未来ある教育を授けたい」ということです。ならば、統合後の南山城小学校で未来を築けばよいではないかという話もありますが、それが可能であるならもともと廃校に反対などしません。ただし、わが家は南山城小学校に今後かかわらないので、この点についての言及は避けます。南山城小学校を批判しても、未来ある学校を指向することと結びつきません。

では、こだわるべきは何なのか。「未来ある学び」に他なりません。それは、野殿童仙房小学校で一部かいま見えるものでありましたが、完全に実現されていたわけではありません。逆に、野殿童仙房小学校以外で不可能なものでもないはず。教育の更地となったこの場で、創造という発想はできないものか。死と生は表裏の関係にあるはずです。

未来ある学びとは、何か

私の主観ですが、以下に列記します。

「ゆとり教育」パッシングがさかんですが、どうも、私が求めているものは、ゆとり教育そのものではないかと思えます。ゆとり教育の趣旨は、「減らす」ことではなく、「脱・20世紀型学校」であることは、ほとんど間違いないです。いま、文部科学省は「ゆとり教育」という言葉を使わなくなりましたが、かわりにでてきた「確かな学力」というテーマ、よくみると、従前のゆとり教育とそっくりな内容です。どんな言葉を使おうとも、時代はそのベクトルです。

ふつう、こういう発想は実現しませんよ。でもね、びっくりです。統合してくれて、よかったね。

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