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60年後も通用する教育を始めよう!!−野殿童仙房小学校私設応援団−

今は時代の転換期、地動説が天動説をくつがえすかのごとし

1+1=3かもしれへん(非ユークリッド)

1+1=2なのか?

1+1=2ですね。「うそやろ」と言ったらおかしいですよね。小学校1年生でも知っていますよね。

では、リンゴが1個と、ミカンが1個、あわせていくつでしょう? 2個? そしたら、リンゴが1個と、スペースシャトルが1台、あわせていくつ? 2つとは答えにくいですね。右手に卵を1個、左手に卵を1個、がちゃーんとあわせたら、2個? いえ、つぶれてしまうので、0個です。右手にボール、左手にガラス、あわせたら、ガラスが割れるので、たくさん。

なぞなぞみたいなことを言いましたが、現実の世界では、1+1=2では、必ずしもないのです。場合によって2であったり、0であったり、3であったり、マイナスであったり、無数であったりします。それが現実です。

そしたら、どうして1+1=2なんでしょう? 答えは明確で簡単です。そのように決めないと、数学が成り立たないからです。つまり、じっさいに1+1=2だから1+1=2なのではなくて、数学を成り立たせるために1+1=2なのです

絶対的な真理だったユークリッド幾何学

自然界の様相をなるべく広く法則化し、矛盾なく成り立たせたい。そんな要請から、ギリシアで紀元前300年頃(日本は弥生時代ですな)、ユークリッドという偉大な学者さんが『原論』という書物を著し、現代に至るまで、聖書に次ぐベストセラーと言われるこの書物、理性の礎とされてきました。

『原論』では、定義、公準、公理をもとに、論理的推論を重ねて定理を導くという方法が貫かれています。演繹的方法ですね。「点とは部分をもたないものである」「線とは幅のないものである」「平行線とは、同一平面上にあって両方向に限りなく延長しても、いずれの方向においても互いに交わらない直線である」といった感じで、わかったような、わからないような、んじゃ点を見せてくれって言っても部分を持たんかったら見せられへんやろうし、ほんなら「点てなんやねん?」と訊くのも野暮に思われるほど論理性がありそうにも思えます。「心のキレイな人には見える」、もとい、「論理的に考えられるおつむを持った人にはわかる」と了解されてきました。公理とは、「証明する必要のない、明らかに自明な法則」であるのでありますから、疑っちゃあきまへん。

このように世界を客観的に正確に記述できるユークリッド幾何学に誤りがあるはずはないだろうし、幾何学が理論体系として矛盾がないためには、必然的に今の公理しかありえないと信じられ、ユークリッド幾何学は正しいと考えられてきました。ここに、落とし穴がありました。公理が自明と言っても、証明されてはいないのです。「自明」であるが故に、証明が求められなかったといってもいいでしょうか。

アナザー・アース(←関係ないけどアバレンジャー見てた?)の発見

が、、、、1830年頃、ガウスという、さらにお偉い方が、5番目の公理「平行線とは、同一平面上にあって両方向に限りなく延長しても、いずれの方向においても互いに交わらない直線である」を、「平行線も交わる」という公理に置き換えても、幾何学として矛盾が発生せず、それどころかまったく新しい幾何学体系が作られることを発見してしまったのであります。かんたんに言えば、「歪んだ紙の上に書いた図形」です。これは、「非ユークリッド幾何学」と呼ばれました。

「紙をゆがめるなんて、あんた、そらルール違反やろ」と言ったあなた、「ルール」て何ですか? 誰が決めたどんなルールですか? ユークリッド幾何学に反する公理を用いたのに、いっこも矛盾が発生しなかったんでっせ。どうゆうこっちゃ?????

「公理」とは、証明はできんでも、まあ正しいに決まっとるというような事項であって、それをもとに学問が組み立てられていくのですから、公理は絶対の真実でなければならんのです。そうでないと、困りますのや。

思いこみだった真理

んでも、非ユークリッド幾何学の登場によって、「公理から組みあがった理論体系に矛盾が一切無ければ、その公理も含めて、その理論体系が正しい」ということにはならんと明らかになったわけで、現実に近いのはどっちかというと非ユークリッド幾何学であり、絶対間違いないはずのユークリッド幾何学の公理が、じつは人間の思い込みだったと、これまたえらいこっちゃになりましたんやわ。

ところで、いまの学校で習う学問、とういか、教科学習、依然としてユークリッドじゃないですか。それは、ユークリッドが絶対的でないとわかっても、ユークリッド幾何学がよくできた公理系なので「ある程度」現実への適用がしやすく便利だからでしょう。

でも、「ある程度」を越えると、そうとばかりも言っていられなくなってきました。「非ユークリッド幾何学の歴史とソフトウェア工学の進化」をご覧ください。少々難しいかも知れませんが、私なりに解釈するに、技術が高度に発展すると、「現実」に近づけて行かなければいけなくなる。となると、ユークリッド幾何学では具合が悪い・・・

えらいことですな、1+1=3ですか。

文系の私には、幾何学体系の解説は重荷でした。間違いがあればご指摘くださいませ。

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