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60年後も通用する教育を始めよう!!−野殿童仙房小学校私設応援団−

今は時代の転換期、地動説が天動説をくつがえすかのごとし

わが子へのメッセージ

難しいと言われても・・・

前のページ、「1+1=3かもしれへん(非ユークリッド)」を書いた後、何人かの人に見てもらったら、「難しい」と言われました。かなりショックでした。もともとは難しい内容だと思いますが、思いっきりコミカルにまとめたつもりで、数学になじみの少ない人にもわかってもらえるだろうと軽く考えていたからです。あそこまで砕いた話にすると、正確さに欠ける面が多々出てしまいます。正確さを維持しようとすると、説明が多くなりますし、用語も厳密に用いるべきです。そうすると、読んでもらえなさそうです。

公理系の枠組みを、ジグソーパズルに喩えてみようかとも考えましたが、ダメです。単に「枠組み」の説明はできても、パラダイムの転換、教育の転換というテーマから離れます。やはり、いまの形で語っていくしかなさそうです。

4日ほど公開を中断して考えてみました。もう公開をやめようかとも。

認識を共有しあうには・・・

学問というものは、誰が見ても誤解の余地がないような体系を築き、この世の中の現象を説明していこうとするものですから、基本となる部分(定義とか公理ですね)は、言葉と数字で厳密に表現されます。絵を描いてはいけません。直観に訴えるのではなく、論理をつきつめていかねばなりません。でなければ、人によって解釈がちがいますし、現在のような高度な文明を作り上げることは不可能でしょう。

論理的な思考」は、人間だけが持つ、最大の特長ではないでしょうか。人間が続くかぎり、論理的思考をおろそかにしてはいけません。教育を考えるとき、ここをはずすわけにはいきません。

知が空高く羽ばたくとき

でも、その一方で、論理的体系が大きくなってくると、「それをどう使うか?」「それらをどう組み合わせるか?」「それらは人間に役立つものなのか?」「私たちはどう生きたいのか?」といった、単一の論理体系を超越した、あるいは、きわめて非論理的な(人生観、価値観は、人によって違います)視点が必要となります

私がもっとも重視するのは、その点です。人間の文明を否定しようなどとは思いません。逆に、それらをさらに発展させるために、「脱皮」する必要があり、いままさに、その時期にあると考えるのです。

すべての人、とまではいかなくとも、教育に関心を持つ多くの人と、これからの教育を考えていきたい、と願ってきましたが、ある意味、それは矛盾しているのかもしれません。なぜなら、単一の論理体系から脱皮しようとすることは、認識を共有しあうための条件、つまり論理的な思考を絶対条件とはしないからです

ゴン太へ、チャコへ、そしてまだ見ぬ子へ

ナナは、言いました。「他人にわかってもらうことより、自分たちがどう生きるか、ということの方が大切では?

そうですね。ほんとに、そうです。教育への想いを、だれに語りたいのか? 分かり切ったことです。自分の子どもに対してです。激動の時代を生き抜き、あなたたちらしい生き方を全うして欲しい。それがすべてです。3歳のゴン太にも、0歳のチャコにも、日々、そのように接しています。ユークリッド幾何学がわからなくとも、弁証法がわからなくとも、物事の考え方、この世の中への接し方を、身をもって伝えていきたいです。ここに記している内容は、ゴン太とチャコへの、そしてこれから生まれてくるかも知れない私たちの子へのメッセージです。

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