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60年後も通用する教育を始めよう!!−野殿童仙房小学校私設応援団−

今は時代の転換期、地動説が天動説をくつがえすかのごとし

ここはどこ?わたしはだれ?(学問の最先端でさえ・・・)

知の枠組みの2つのモデル(さらに大きな枠組み)

新しい知の枠組み

これまで、人類が物事を考え、文明を発展させてきた礎(いしずえ)が手詰まりとなり、別の枠組みが必要となってきていると事例のひとつとして、「ユークリッド幾何学vs非ユークリッド幾何学」の話をしました。ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学とは、互いに独立した別個の体系で、まじわるところがありません。つまり、「ユークリッド幾何学を否定して非ユークリッド幾何学をとる」ならともかく、「ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学を使い分ける」なら、これらを包含した上位の体系(枠組み)が必要です

知の枠組みの2つのモデル(全体をまとめる枠組み)

新しい知の枠組み

これとは別に、すでにある知の体系(専門分野のことです)も、あまりに細分化・専門化しすぎて、1人の人間がいくつもの領域を見渡すことが困難になってきました。たとえば、遺伝子治療をおこなうとき、1つの領域の知識だけで対処すれば、どんな問題が生じるでしょうか? その病気は治るけれども、他の部分に害が出てくるとか、ある領域の知識から考えれば適切な治療であったとしても、全体から見ると、適切な治療ではないとか。領域をまたいだ複雑な知識抜きでは、高度で正確で安全な治療は行えないでしょう。

となると、現在の、非常に細かく分けられた、非常に高度な学問のそれぞれの領域の見取り図が、つまり、あらゆる領域を一望し、それぞれの領域の関連性を見、必要な領域にアクセスできるような枠組みも必要です。(右の図は、単なるモデルで、個々の要素の配列や結合に意味はありません)

東京大学 知の構造化プロジェクト

日本の知の総本山とも言うべき東京大学で、「東京大学 知の構造化プロジェクト」が進行中です。これは、先ほど述べた「全体をまとめる枠組み」ではないかと、私は理解しています。(私は関係者ではありません)

そのプロジェクトサイトでは、こんなふうに方法を具体的に説明しています。

細部は専門家にまかせ、中身ではなく境界に着目することで、境界を通じて様々に細分化された領域がどのような関係で全体像を作っているのか。これを明らかにすることが「知の構造化」なのであり、それにより"領域の深化"と"全体像の把握"という一見矛盾する2つの事柄を結びつけることができるのです

そして、知の構造化のメリットとして3つのことがあげられていますが、それを簡単にまとめてみます。

  1. 自分がしていることは何なのか?(全体の中での位置)
  2. ある問題について、領域をまたいで情報を動かせる(インターネットみたいですね)
  3. 何がわからないかがわかる(冗談みたいですが、複雑になりすぎると、何がわかっていて何がわかっていないが見えません)

そして、現在走り始めているのは、以下の5つの知の構造化に関するプロジェクトとのことです。

  1. 社会技術のための知の構造化
  2. 学術創成のための知の構造化
  3. ナノテクノロジーにおける知の構造化
  4. 失敗知識の構造化
  5. 産業技術基盤のための知の構造化

知の構造化プロジェクトの見通し

さすがに東京大学は偉いこと考えはりますな。プロジェクトの紹介の最後の章に、こうあります。

これまで「知の構造化」については様々な試みがなされてきました。しかし、決して成功したとはいえません。それゆえ今回も失敗するのではという悲観論もありますが

おや? 「知の構造化」は今に始まったことではなく、何度も繰り返されてきたが、失敗し続けてきたとのこと。そして、「知の構造化」は無理だという諦観さえも。

今回は2つの理由から成功すると考えています。一つには、知の構造化をやらなければ前に進めないというのが誰の目にも明らかであるということが挙げられます。誰にも全貌が見えなくなり、それによりかなりの問題が発生し、多くの人間がその全体像を把握したいと考えています。このことは例えば、コンピューターの2000年問題を見てもわかると思います。"99"が"00"になった時に何が起こるかというだけの話なのに、皆が全体を把握したいと考えながらも、誰にも全貌がわかりませんでした。

2000年問題は記憶に新しいことですが、1999年には、戒厳令が敷かれるとか、世界が破滅するといった壮絶な予想もありました。結果的にそのようなことにはならなかったわけですが、結果が出るまで、「そうならない」と断じることができませんでした。今後さまざまな危機が予想されるでしょうが、危機は必ず来るが、その結果何が起きるかわからない、というミステリアスな状況が進行してしまいます。なるほど、たしかに、「知の構造化」は緊急に乗り越えねばならない課題なのでしょう

もう一つには、「知の構造化」を行う上で、ITという今までとは比べ物にならないくらい強力なツールを我々が手にした、ということが挙げられます。たとえ知識を構造化しても、人間の能力だけでは対処しきれない量になることが予想されます。しかし、ここにITを用いることができるのです。

IT技術はおおいに役立ちそうです。しかし、東京大学の先生方はおっしゃっていませんが(私の見落としかもしれませんが)、データベースというツール面のみならず、いや、それ以上に、インターネットという「構造化」が大いに役立つのではないかと、私には思えます。「知の構造化」に最も重要なのは、「手段・方法」ではなく、「枠組みの哲学」じゃないかと思うのです。「枠組みの哲学」を私がひとことで言うなら、「World Wide Web」と言ってみたいです。

世界中が、蜘蛛の巣のごとく、互いにつながりあった状態。人類の歴史において、未曾有のできごとですね。それが現実のものとなってきました。知の構造化だって、不可能ではないと、信じたいです。

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