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60年後も通用する教育を始めよう!!

すでに、新しい教育の萌芽が・・・

バブル末期、モモの小予言−ノストラダムスの大予言とは言わんけどな

バブル狂乱

今となっては懐かしい話でしょう。株価が上昇し続け、1989年12月29日には日経平均が38,915円の最高値をつけました。あの頃の大学生は、いくらでも就職があって、少々わがまま言っても会社が言うことを聞いてくれた、そんな、ウソみたいな時代でした。世の中の人、ほとんどが、いつまでも経済が成長し続けると、本気で信じていた時代です

私は当時、大学生でした。当時の狂乱ぶりは異常とも思われました。地上げのために、平気で人を殺す。経済至上主義で、金を持っているヤツがえらい。自然保護運動や平和運動もありましたが、それは社会的敗者のやること。私の友人たちも、どんどんと金儲けの世界へ入っていきました。ボチボチの経済成長なら私もそちら側へ行ったと思いますが、あの狂気を見れば、その中に入っていくのは破滅的行為とも思われ、躊躇し、バブルと無縁の小規模出版社へ就職しました。大学4回生のときからスーツを着て出社し、大学は実質3年で終わりで、就職活動は一切なしという、正規ルート(?)をはずれた道でした。

うまく考えがまとまらなかったけど、「この狂気は永く続かない。自分の力で生きていくことを考えたい」と、漠然と感じていました。そのときの感覚は、いまから振り返るに、まことに正しかったと思います。編集時代、知識を広げ、ものごとを見る目を広げ、新人でも1人の編集者が大きな責務を背負うという業務を通じ、修練の日々でした。(同期生たちは、好条件で就職し、のほほん。まるで、アリとキリギリス)

ほんまに、ほんまか?

私がいた出版社は、文化系の学術専門書を主に出版していました(社名を公表することは、まぁ、やめておきます)。私は文学部(文学科)出身ですが、自分の専門と関係のないジャンルも多数担当し、大学入学時、あるいは在学中以上に、就職してからの方が、猛勉強したものです。そうでないと、仕事についていけません。自分の知識のなさ、未熟さを痛感するとともに、死にものぐるいで、がんばりました。その勉強は、もちろん、点数をとるためではありません。業務をこなすためです。このような努力は、今の時代では当然のことでしょうが、バブル絶頂期には、「変人」以外の何ものでもありませんでした。

このコーナーで披露する教育観を身につけたのは、まさに、この時期なのです。いや、正確には、「教育観の基礎の基礎のそのまた基礎」です。

「1+1=2なのか?」という見方を知ったのも、恥ずかしながら、この時期です。大学に入ってから、数学とはほぼおさらばしていたので、「1+1=2」を疑ったことなどありません。「知の枠組みの創造」など、どうでもいいことです。定められた手続きを無難にこなせる者ほど、有利な道を歩めます。ところが、「ほんとうのこと」と「実際の世の中」とは、どうも、著しく乖離しているのではないかと、疑念を抱くようになりました。とくに、私のように、狂乱の外にいる者からは、それがよく見えました。

激動の予感

当時も、マスコミ人気は相当なもので、私が勤めていた小さな出版社にも、就職希望の学生が大勢やってきました。社長は、かなりまめに面接されていました。小さな事務所ですから、私のすぐ横で面接が行われ、委細が聞こえてしまいます。私と同世代の学生たちですが、何とも言えない違和感を覚えたものです。編集を志すぐらいだから、一般の学生よりは、知識も豊富です。でも、たかが学生の知識など、社会へ出たら、屁の突っ張りにもなりません。これは出版社に限らず、どんな業種でも同じでしょう。

学生たちは、ほんの少しもっている知識を鼻高々に披露しました。それを見るにつけ、「あかん、使いものにならんわ」と、私は思ったものです。もちろん、そんな学生を、社長も採用などしません。なんというか、学生たちの驕りのようなものを感じ、また、それを許している世の中を見ては、「まもなくの破綻」を予感せずにいられませんでした。おごれるものも久しからず、ですね。

キーワードは

私は、そのころ、編集の仕事を通じて、「環境」と「福祉」を重視するようになっていました。環境より経済、福祉よりゼニという世の中ですから、今とはちがって、変人といえる関心の持ち方です。バブル経済は、どう見ても「強者の論理」ですから、その反動は「弱者の論理」ではないかと、ぼんやり感じていたのだと思います。

「リサイクル」とか「循環型社会」とか「持続可能な発展」とかは、その後に出てきたキーワードであって、当時はそういう発想は困難でした。ただ、自然とはとぎれることなくめぐるものであり、ゴミもどこかで活かされるという視点を仕事の中で学ぶ機会を得ました。

自然が巡るのなら、人も巡るのではないか? ゴミを活かすことが自然の巡りに大切ならば、弱い立場の人を大切にすることが社会には必要ではないのか? 自然にしろ、人にしろ、役に立たないと決め込んだものを捨てる(すみへ追いやる)なら、発展はあり得ないのではないか? 永遠に巡り続けるスタイルこそが、発展なのではないか?

お金という、単一の価値観を世の中がこぞって追い求め、そこに載らぬものを切り捨てていくことは、カルトにも等しく、破綻あるのみでしょう。単一の価値観を超えるには、「多様性」しかありません。自然は多様です。人も多様です。それを見ない社会は異常でしょう。

循環と、多様。なんとはなしに、しかしながら、強い確信を伴って、私のキーワードとなっていきました。

Xデー

編集の仕事はそうとうな激務で、体調を崩して私は退職。その直後、バブル崩壊が、現実となりました。世の中はパニックにも近いものがありましたが、私にとっては、予定通りのできごとです。そしてまた、バブルに乗っかることを辞退した私には、さほどの影響もなく、のんびり事態を傍観できました。

しかし私は、バブル崩壊で世の中が正常を取り戻したとは思っていませんでした。それは単に経済が足踏みをしているだけで、世の中が変わったわけではありませんから。世の中が変わることを証明することはできませんし、そのように他人を説得することもできません。ただ、バブルの狂乱ぶりを見ていたら、それと同程度の反発があるのではないかと思えてなりませんでした。数学風に言うと、逆のベクトルです。つまり、大きさが同じで、向きが正反対の動き。物理風に言うと、作用と反作用ですね。

世の中が必ず逆ベクトルの動きを成すという法則があるわけでもないので、このことは、あくまでも「予言」にとどまります。ノストラダムスの大予言と比べたら、はるかに小さな予言ですが、ノスやんよりは、いくぶん現実味のありそうな予言です。私はその後の世の中を、注視していくことになります。

都会から田舎への移住も、その文脈上にあるものです。当時は、田舎暮らしブームの前で、田舎暮らしは常識を逸した破滅的な行為とも見られていました。私が童仙房へ移住すると言ったとき、100人が100人とも、「やめとけ」と言いました。私は「やめとけ」と言われるにつけ、「ぜひ実行せよ」と聞こえたものです。100人の否定は、100人の応援に聞こえました。

私の小予言があたったかどうか。そいつはまだわかりません。だって、その答えが出るのは、これからなんですから。

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