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60年後も通用する教育を始めよう!!

すでに、新しい教育の萌芽が・・・

ホリスティック教育ビジョン宣言

1990年6月、ホリスティックな教育への転換を志す80名の教育者が世界各地から国境を越えてシカゴへ集まり、集中的な討議のうえ「シカゴ宣言」を発表した。以下に、その抜粋を記します。全文は、下記の書籍を参照してください。

bk1で詳細表示 『ホリスティック教育入門』
(ホリスティック教育研究会編/柏樹社/1995年4月)

序文

 私たちは、さまざまに異なった立場で教育活動に参加している教師であり、親であり、一般の市民であるのだが、みんなが一致しているのは、人類の未来とこの地球上のすべての生きとし生けるものの行く末に切実な関心をいだいているという点である。

 現代の教育システムに影を落としているあれこれの深刻な問題は、この文明そのものの、より根の深い危機が反映している。この文明を依然として支配している産業社会的な価値観や科学技術振興にとらわれているかぎり、私たちがいま直面している地球規模の問題群に対処し、人間とすべての生命がこれからも共に生きていける未来をつくりだすことは不可能だろう。

 産業社会的な価値観の中で、私たちは競争にあけくれて協力することをわすれ、資源の枯渇をかえりみることなく消費に走り、生身の人間同士のふれあいや信頼関係よりも管理的な制度に頼ってきた。しかしこのような価値観や行動様式が、地球の生態系を破壊し、人間の豊かな成長をむしばんできたのである。病んだ教育と病んだ生態系、その病いの根は同じところにある。

 教育という語には伝統的に「教え込む」というイメージがあるが、この文明が危機におちいっている現在、今までの「教え込む」教育は時代にそぐわず、うまく機能しなくなってきた。教育(education)という語は本来「引き出す」ことを意味しているが、教育は今こそこの本来的なあり方に立ちかえり、かけがえのない1人ひとりの内にあるすばらしさを引き出し、はぐくまなくてはならない。

 この宣言は、今までの教育にかわる、民主的で生命に根ざした新しい教育のビジョンを示そうとしたものである。このビジョンはまた、1990年代と21世紀のさまざまな困難になんとか対処しようとするひとつの試みでもある。もとよりこのビジョンは、それを目指して1人ひとりの教育者がいろいろなやり方で努力していくものであって、私たちはその実践の方法や応用のしかたはむしろ多様であるほうがいいと考えている。この宣言をまとめた私たちでさえ、宣言文のすべての考えに完全に同意しているわけではない。しかし、個々の相違点を超えて、教育のいきづまりを打開する共通の方向を指し示そうとしたのが、このビジョンである。

第1原則 人間性の最優先

 教育がもっとも大切にすべき根本的な目的は、人間が生まれながらにもっている成長の可能性をはぐくむことでなければならない。

 あらためて、現代では色あせてしまった人間の理想――調和、平和、協力、こころの通いあう地域社会、誠実さ、正義、公平、人の痛みを知ること、理解、愛――を、見直さなければならない。

第2原則 人間一人ひとりの尊重

 学び手はどんな人もすべて、それぞれにかけがえのない、大切な存在であることを認めなければならない。

 全員一律の試験と成績評価のやり方は根本から見直さなければならない。

 今までに蓄積された、学習スタイル、複合的理解、学習の心理的な基盤についての膨大な専門知識を、幅ひろく実際に活用しなければならない。

 「英才児」「学習障害児」「問題児」(at-risK)といったレッテルに意味があるかどうかは疑問である。

第3原則 経験的学習の重視

 洞察力のある教育者が何世紀にもわたって論じてきたように、教育は経験の所産である。

 世界がどれほど不思議や驚きに満ちているか、そのきらめきに出会えるように、〈いのち〉の世界にひたる経験を学び手に与えることが、教育である。

第4原則 ホリスティック教育へのパラダイム転換

 教育のプロセスの「全体性」(wholeness)が大切にされなければならない。この「ホリスティック教育」を実現するために、教育制度や教育政策も転換されるべきである。

第5原則 新しい教師の役割

 教師の役割をとらえ直さなければならない。

 教師自身の内面的な成長と創造的なめざめをうながすような、新しい教師教育モデルが必要である。

 学校が真の人間的出会いの場となることができるように、学校システムは官僚的な管理統制から脱却しなければならない。

第6原則 選択の自由

 学びのプロセスのあらゆる段階で、選ぶにあたいする選択肢の中から自由に選べる機会が必要である。

第7原則 真に民主的な社会の創造

 私たちは真に民主的な教育のモデルを生みだしたい。それによって、すべての市民が身のまわりの地域や地球社会にほんとうの意味で政治参加していくことができるように力づけたい。

第8原則 地球市民教育

 私たちはみんな、気づいていてもいなくても、まちがいなく地球市民である。

第9原則 共生のためのエコロジー教育

 教育という営みは、もともと、あらゆる形の生命の中に流れている〈いのち〉に対する深い畏敬の念から、はじまったものにちがいない。

 私たちは、地球生命圈についての理解をうながす教育をもとめる。この星のすべての存在が支えあっていること、個人のしあわせと地球全体のしあわせが深いところで一致すること、そして自分たち一人ひとりが担っている役割と責任の広さと深さ、これらの自覚をうながす教育が必要である。

第10原則 精神性と教育

 すべての人は、人間の形をとった聖なる精神的存在であり、その個性を、天賦の才や能力、直観や知性を通して表現している。

 教育は、〈いのち〉との精神的な絆がすこやかにはぐくまれる営みでなければならず、決してそれを絶えまない点数評価や競争で乱暴にきずつけてはならない。

 教育の大切な役割のひとつは、〈いのち〉の中ですべてがつながり合っていることを自覚できるようにすることである。世界中の偉大な伝統には共通して「他の人に対して何かをすると、それは自分自身にしたことになる」といった意味の格言がみられるが、これは、全体がつながりあっているというホリスティックな自覚の核心をいい当てている。また、この考え方は一人ひとりの個人に力をあたえる。人間はすべての人や万物とつながり合った存在だと考えるなら、自分がすこし変われば、全体もすこし変わったことになるのだから。

 ホリスティック教育は、まわりの人々、そして地球と、自分がどんな場合でもつながり合っているという実感をはぐくみ、またその実感によって、自己にたいする、また他者にたいする、そしてこの地球にたいする責任感をはぐくむ教育である。この責任感とは、外から背負わされた重たい荷物のようなものではなく、自分自身がそのつながりの中にあると感じることに力を得て、そこから自然にわきあがってくるものである。誰かが苦しんでいれば手を差しのべたいと感じるような、人の痛みを分かちあえる感性をはぐくむことによって、そして世界は変わりえるという確信を心の奥深くに根づかせることによって、個々人の、さまざまなグループの、また地球規模の責任感が育っていくのである。

結びにかえて−「シカゴ宣言」

 21世紀が近づくにつれて、私たちの社会の制度や職業倫理は、その多くが根こそぎ変わるべき時に入った。教育にたずさわる者として、私たちは自分の職業の目的や方法、そして今の学校制度のようなシステムが、歴史のある限られた時代のために作られていること、そして今まさにその時代が閉じられようとしていることに、気づきはじめている。私たちが直面している人間と環境の難問を真摯に受けとめて、教育も変わらなければならない時が来た。

 来るべき時代の教育は、ホリスティックでなければならない。ホリスティックな見方は、何よりもまず、この地球という星の上の生きとし生けるものがすべて、無数の網の目で深くそして精妙につながり合っているという事実を受けとめることから出発する。社会や教育の現実ととりくむときに忘れてはならないのは、暗い宇宙空間にぽっかりと浮かぶこの地球の姿である。このかけがえのない地球を視野に入れたまなざしで、目の前の現実を見ることが大切である。これからの教育は、地球共同体をいつくしむ気持ちをはぐくんでいくものでなければならない。

 また、ホリスティックな立場は、地球や〈いのち〉と調和した、持続可能で公正な、そして平和な社会を生み出していこうとする挑戦である。そのためにはエコロジカルな感性――地球の上で様々な形をとって表現している〈いのち〉を深く感じとり、かつ、土着の伝統文化と近代文化のどちらも切り捨ててしまわずに尊重することのできる感性がなくてはならないだろう。またホリスティックな見方は、人間の自己と世界にたいする知のあり方を、合理的、論理的、言語的な見方だけに限ってしまうのではなく、もっと広く、直観や感情、身体、イマジネーションといった、人間の内に秘めた隠された力にまで光をあてようとしている。

 ホリスティック教育は、人間という存在が、知識や技術だけではなく、意味を求める存在であると理解している。人間は、すこやかに成長し、円熟していくなかで、生きる意味を求めずにはいられない。おそらく、生きている意味を十分にまっとうできる人間だけが、すこやかな社会を作ることができるのだ。ホリスティック教育は、人間の精神を持っているもっとも大切なあこがれをはぐくみ、伸ばしていこうとする。

 ホリスティック教育は、ある特定のカリキュラムや方法論ではない。それは、以下の仮説を含む一連の作業仮説である。

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