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60年後も通用する教育を始めよう!!

野殿童仙房小学校が時代を拓く・・・かもしれない

プロローグ

わが子をぜひ野殿童仙房小学校へ

ここまで一生懸命述べてきたことは、ただ、ひとつの目的のためです。わが子を、なんとしても、すばらしい小学校、野殿童仙房小学校へ通わせたい。それだけです。そのことを、情緒的な訴えではなく、できうるかぎり体系だって、まとめたかったのです。教育に関心ある方々へ。何より、わが子に対して。

私もナナも、野殿童仙房小学校に出会い、感動をおぼえたものです。結婚前から、私たちの子がこの小学校で学ぶ日を楽しみにしていました。ここでなら、安心して子どもを生み、育てていける・・・と。

統合という災禍

南山城村には、2003年春まで、4つの小学校がありました。そのうち2校が老朽化し、どうせなら1村1校に、という方針が打ち出され、その後、議会で二転三転四転五転し(教育論ではなく、派閥争いです)、もめにもめて、京都府に愛想尽かされる限界になって、統合小学校が建設されることになりました。正直、私は統合の話は流れるものと期待していたのですが。

老朽化の2校はともかくとして、残り2校のうち、高尾小学校もぎりぎりで統合に参加し、統合小学校(南山城小学校)開校時には1村2校でした。野殿童仙房小学校においては、統合推進の動きが鈍く、むしろ慎重論が根強く、私は安心していたのですが、2002年秋頃から、数名の統合推進派がなんとか統合したいと、小学校・保育園児の親を集めて話し合いを持ちました。

統合推進派の論点は、統合によってスクールバスを確保したいことと、少人数に対する漠然とした不安です。しかし、通学手段は統合とは関係なく要望しうる問題です(現に、統合と関係なく、2004年春より、実現しました)。「とりのこされる」という言葉もよく聞きましたが、これも私には理解しにくいところ。何からどう取り残されるのか? つっこんで質問しても解答が得られないのは実体のない不安感だからでしょう。

私はこの村と、この地域が大好きですが、教育に関しては、?????です。とはいえ、南山城小開校後を見て、統合推進の意見はかなりトーンダウンしたようですし、地域の方々も、おおむね、統合反対または慎重論が強いようです。地域づくりという視点でも、地域に学校は必要という意見が根強いです。また、野殿童仙房小学校は、22年前に分校から独立校となった歴史があり、地域の方々が、独立のために奮進されました。その学校を今なくすというのは、先人に申し訳ないし、地域の方針が一貫しないとも言われます。

私は、なんとしても、この学校を守りたいと思います。安易に統合へ流れない地域のあり方に、希望を抱いています。南山城小学校へ行きたい者は、行けばよい。村内2校で、選択制にすることを提案中です。野殿童仙房小学校が存続するなら、統合に反対はしません。わが家には関係のないことです。野殿童仙房小学校の一端を、下に紹介します。4年後、わが子がこの中にいることを、熱望してやみません

全校児童でがんばった福祉教育

『南山城村議会だより』NO.62 2004.2.1 より。校長先生が書かれた文章です。

野殿童仙房小学校は、学校教育目標として「教育を愛し、自ら意欲を持って学び、心豊かにたくましく生きる児童の育成」をめざしています。

田植え
体験活動で田植えをする全校生徒

教育方針の一つとして、地域の自然や文化、人材などを積極的に取り入れ、郷土への熱い思いを持たせるため、地域とともに響きあい、育ちあう学校教育を推進しています。

また、特色ある学校づくりをめざすために、保健福祉センターや地域の老人クラブ、独居老人の方々との様々な交流を進めています。

福祉教育は大河原小学校野殿童仙房分校だったころから継続し、お茶の葉まつり・運動会・日曜参観・6年生を送る会にお年寄りを招待していました。

とくに、体験活動において、3年前から全校でとりくんでいる米作りは、田植えから稲刈りまで収穫を味わい、クリスマスの時、独居老人にお餅をついてプレゼントをしました。

また、村の秋の祭典では全校児童が金銭教育もかねて、お餅やもち米を売って、社会福祉協議会やユニセフに寄付しました。村の保健福祉センターには収穫したもち米を贈って、喜んでいただきました。

全校児童で取り組んだ福祉教育が継続することで将来の生きる力となると望んでいます。



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