◆NAVI→   相楽ねっと   新着   サイトマップ   総合リンク集   ナチュプリ本舗
◆今はここ→   ほな自然にいこか〜 >  子どもが好き >  60年後も通用する教育 >  Stop!!学校つぶし!!


60年後も通用する教育を始めよう!!

Stop!!学校つぶし!!

まさか、教育委員会が学校をいじめるはずはないよね

教育委員会って、なんやねん?

野殿童仙房小学校
野殿童仙房小学校
なんでなくすかな〜この学校を

社会問題にかかわる情報を整理・分析しているWebサイト、次世代情報都市みらいの中に、教育委員会の詳しい解説があります。戦後の教育の歴史は、教育委員会の権限縮小と文部省(文部科学省)の権限拡大の歴史でありました。1947年制定の「教育委員会法」では、市民による教育の統制と専門家による科学的知見に基づく指導性とを調和させることが教育委員会の理念とされ、文部省と教育委員会の関係は、上下の関係ではなく、相互に固有の役割を持つ対等な機関とされ、文部省の役割は指導助言的なものに限定されることであったそうです。それが、1956年に教育委員会法が廃止され、教育委員会の行政への従属、教育長の専門性の廃止、文部省との上下関係が色濃くなり、教育委員会は、教育の専門家から、たんなるお役所の一部へと、成り下がったわけです。現在の教育委員会を規定する法は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律です。

哀しい変遷ですね。GHQによる日本国強制民主化が、とくに憲法問題において、否定的に語られがちですが、少なくとも教育においては、GHQによる改革の方が、よほど理にかなっています。1956年に、日本の教育は滅亡したとも言えそうです。ほんとうに、哀しすぎる歴史です。

教育を知らない人たちが、先生方を「取り締まり」、学校を「支配」している。あまりにブラックユーモアが過ぎるではないですか。頼みの綱は、教育長の良心だけですね。良心を喪失した教育長のいる自治体は、子どもたちに拷問を行っているのに等しい。南山城村は、そうではないと、信じたいです。(かなり自信ないけど)

特色ある教育を推進する野殿童仙房小学校

私が野殿童仙房小学校存続にこだわるのは、まさに、この学校が、特色ある教育を展開し、定着しているからにほかなりません。

毎年5月には、学校農園で、田植えとトマトの定植を行います。
6月には、祖父母参観と地元特産品の研究を兼ねた「お茶の葉祭り」。
7月にはトマトの収穫、トマトの販売(経済教育)、トマト料理の考案。
8月には、韓国の小学生が野殿童仙房小学校を訪問し、野殿童仙房小学校生が韓国を訪問する、国際交流
9月には、米の収穫、販売、ユニセフ等への寄付。さらに、地域+小学校+保育園の運動会。
11月には、村の祭典で、野殿童仙房小学校がブースをかまえ、収穫物、創作物の販売や、教育成果の披露を行います。
それ以外にも、遠足、マラソンなど、一般的なイベントがあります。

学校農園
学校農園
むら秋の祭典
むら秋の祭典で、ブースをかまえる

野殿童仙房小学校のWebサイト

2002年の夏休み、野殿童仙房小学校の校長先生・教頭先生から依頼があり、小学校のホームページづくりのお手伝いに行きました。私が作るのではなく、先生方が作るのを手伝うのです。

「手伝う」といったって、先生方はホームページを作ったことなんかないし、ハイパーリンクの概念を理解するだけでもやっとこさ。タグの直打ちなんて、とんでもない。さて、どんなソフトをつかったらいいものか・・・。一般にはIBMのホームページビルダーでしょうが、教育委員会からの命令で、学校のPCにはソフトのインストールは不可。となると、WordでHTMLに変換するか。Wordの変換機能をあれこれ試しましたが、とても使いものにはなりません。あえなく却下。しかたがありません。悪評高きFrontPageでやるか。FrontPageはクセが強く、最初は難儀しましたが、使うタグを限定すれば、それなりにそれなりです。

まず肝心なのは、ホームページの目的と、内容と、構成。これは、学校であろうと、企業であろうと、行政であろうと、ホームページの基本です。
[目的]韓国の小学校を始め、国内の小学校との交流。
[内容]学校の特色ある取り組みを紹介。
[構成]学校の紹介、沿革、行事、総合的な学習(とちの実広場)、創立20周年記念誌全文。

校長先生・教頭先生を始め、先生方全員が役割分担して、とり組みました。先生全員参加でつくった小学校のホームページなんて、珍しいでしょう。夏休みの終わり頃には、なんとか形になってきて、いよいよ公開です。ちょっとずれていたり、ちょっと見にくかったりもしますが、そこはご愛敬。

これが、できあがった野殿童仙房小学校のホームページです。その後、先生方で自主的に研究を重ね、少しずつ内容が増えてきています。相楽郡の小学校でホームページのあるところは珍しいです。南山城村の教育委員会さん、まさか、このホームページを閉じさせるとか、更新させないなどということはありませんよね。あるはずないですね、そんなこと。いらぬ心配です。

教育委員会は正義の味方に決まっています

さてさて、南山城村では、小学校統合問題が渦巻いていますが、「統合」と「一村一校」とは、ほんらい関係ないはずで、しかも、新小学校は教育の現状をふまえ、教育100年の計をもってつくられるはずですが、南山城村では、そうではない。教育論なきまま、しかも、童仙房地区は統合に慎重なのに、なぜに、野殿童仙房小学校をつぶして一村一校なのか。教育委員会の実績作りのためとしか、理由を思い浮かべることができません。

しかし、子どもたちの未来をになう教育委員会が、そんなばかげたことをするはずがありません。教育委員会は、子どもたちの未来を、そして村の未来を、寝食を忘れて考え続けているにちがいありません。教育委員会の真意をきっちり見極めねばいけません。

一村一校というふれこみは、村民に教育をじっくり考えさせる機会を与えるのが目的なのでしょう。なるほど。たしかに、野殿童仙房小学校が安泰ならば、私は安心してなんとなく野殿童仙房小学校へ子どもたちを通わせることになったでしょう。でもそれは、野殿童仙房小学校がいかにすぐれた教育を行っているかを見ないことにもなります。追求すれば追求するほど、野殿童仙房小学校の教育は、すばらしい。それに気づかせてくれた教育委員会には感謝です。

教育委員会が野殿童仙房小学校を嫌っているというウ・ワ・サ

一村一校には、童仙房地区が障害であると、教育委員会は考えているという声を聞きます。教育委員会が、野殿童仙房小学校が特色ある教育を行っているのが統合を妨げていると考え、野殿童仙房小学校の各種取り組みを妨害していると、噂を聞きます。子どものことを一番に考えているはずの教育委員会が、そんなことをするはずがないじゃないですか。なにかの間違いですよ、ぜったいに。2003年に、プールの水漏れの修理を要望しても難癖つけてなかなか実行しませんでしたが、きっとあれは、教育長が疲れていただけで、たんなる錯誤ですよ。

2003年8月、野殿童仙房小学校と韓国との交流事業がありましたが、これも、教育長がしきりにやめさせようとして実現が危ぶまれたのですが、考えてみましょう。教育長がこんなに有意義な教育的取り組みを妨害するわけありません。あまりにすばらしい事業なので、しっかり成果を上げられるよう、檄を飛ばしていたのですよ。そうに決まっています。

2004年2月、教育長が区役員に「村の既定方針通り統合を進めることにした」と通達しましたが、あれは教育長の深い思慮があってのことです。つまり、あのような横暴さを見せることによって、区民の反発を買い、野殿童仙房小学校という特色ある学校を強い地元の意志でもって存続させようとの計らいなのでしょう。

2004年3月、野殿童仙房小学校の校長は定年退職、教頭は他の学校へ。常識的にはあり得ない人事です。とくに、前教頭は、野殿童仙房小学校を特色ある学校として発展させてきた功績のある人ですから、教育委員会が疎んじ、排除したという見方が根強いですが、そんなことはいくらなんでもないでしょう。あのすばらしい教頭先生を、他校が欲しがった。そこで、泣く泣く異動に応じた、というのが真実でしょう。前教頭は野殿童仙房小学校の宝ですし、教育委員会もそう思っているに絶対まちがいありません。

2004年4月に統合の説明会を行うと言っていながらいまだになしのつぶてであるのは、教育委員会の方便です。野殿童仙房小学校を存続させようという気運が力強く起こってくるのをじっと待っているのです。教育委員会さん、ありがとうね。この小学校の良さを教えてくれて。そして、野殿童仙房小学校を存続させようと奮起させてくれて。

教育委員会は、野殿童仙房小学校が特色ある取り組みをしているのを強く嫌い、何とか妨害しようとしていると、よく聞きます。いままでやってきた様々な取り組みは、今年度も続いていきますし、さらに発展しますよ。心配ないです。私がレポートしていきます。皆様、楽しみにお待ちください。さっそく、6月12日に、「お茶の葉祭り」があります。3年後には、ゴン太があの舞台に立ちます。楽しみです〜

次へ




相楽ねっと    60年後も通用する教育