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60年後も通用する教育を始めよう!!

Stop!!学校つぶし!!

プロローグ

統合の経緯

どこの地域でもそうでしょうが、南山城村でも、子どもの数が減少し、4つあった小学校のうち2校が老朽化したことをうけて、10年ほど前に一村一校の方針が打ち出され、その後、議会のうじゃうじゃで、何度も話が変わり、最後の最後、京都府から最後通告の期限いっぱいで、ぎりぎり統合を可決しました。莫大な予算を使って、(^_^;)な学校を建設し(コメントは控えます)、2003年4月から、開校。まだ校舎が使える高尾小学校も、統合推進派が反対を押し切って統合にこぎ着け、3校が廃校となり、南山城小学校という統合小学校が開校しました。そして今、1年が過ぎました。

小学校の先生方は良い教育をしようとがんばっておられますし、先生方に問題はありませんが、この学校、ついぞ「教育」がテーマに昇らず建てられた学校です。学校とは、教育の場です。教育の場以外のなにものでもありません。まずは、教育の現状、問題点、今後の課題を洗い出し、村としてどのような教育を目指していくのか、そのためにどのような施設や設備が必要なのか、それをとことん突き詰めた上で、話が始まるはずです。

「人数が多い方がいい」という話はよく聞きました(それ以外には、とくに理由を聞いたことがありません)が、それは、なぜ? 

「人数が多い」ということが、教育とどう関連するの? 謎は深まるばかりなり・・・

野殿童仙房小学校は

野殿童仙房小学校は、統合という災厄をのがれ、いまのところ、独立校として健在です。ただ、南山城小学校開校前、統合推進派が小学校の親、保育園の親を集めて話し合いの場をもちました。明確な反対は私(とナナ)のみ、強硬な推進派は7-8人ほど、残りは消極的賛成、または消極的反対といった感じでした。

争点は、
【推進派】
・野殿童仙房小学校は児童が少なくなり、少しでも大勢の中に子どもを入れたい。
・野殿童仙房小学校のままでは、登下校を親が送り迎えしないといけない。南山城小学校なら、スクールバスが運行される。
・町村合併されたら、野殿童仙房小学校では行政から見はなされ、取り残されてしまう。

【反対派(私)】
・通学の問題は、統合とは別の問題で、野殿童仙房小学校であれ、スクールバスかそれに準ずる手段を要望すべき。(2004年4月より、統合と関係なしに実現しました)
・町村合併は統合と関係なし。義務教育が放置される懸念もなし。
・人数が多ければよいという根拠はなし。

野殿童仙房小学校を残すべき理由として、私は次のように述べました。野殿童仙房小学校は、公教育でありながら、人数の少なさ、豊かな自然、童仙房の開放的な地域性など、諸条件が偶然にも良い形で合致し、ホリスティックな教育が自然と実現されている。時代は、競争と対立から、多様性と共生へと、シフトしている。野殿童仙房小学校こそ、まさに未来をになう子どもたちにふさわしい学校である。かたや、南山城小学校は、大人の視点での建築、政治の駆け引きによって生まれた学校であり、子どもが主人公として教育的な視点が十分考慮されて作られたとはいいがたい。現に、教育論は聞いたことがない。ただ人数をまとめればよいという発想は、30年前の学校の姿であり、単相林そのものである。時代の転換によって、淘汰されていくであろう。沈みかけた船に、わが子を乗せるわけにはいかない。

最も有効で最も現実味があり、おそらく唯一の選択肢

結局、野殿童仙房地区では、全体的に慎重論、反対論が根強く、それ以上の進展はなく、現在に至っています。もし私だけが反対しているなら、とうに統合は成立しているでしょうし、私はすでにこの村を見捨てているかもしれません。

例の親の会で、そして、村長、教育長に対して、明確に提案した内容があります。

南山城小学校、野殿童仙房小学校の2校を、村立小として残し、村内の児童はどちらかを自由に選択できるというものです。義務教育に選択の余地がないというのは不備であり、憲法第26条の「教育を受ける権利」にも抵触すると考えられます。まったくタイプの異なる2校で選択できるというのは、主体的に教育を受けることが必然的に求められ、与えられるだけの教育、押しつけられるだけの教育を脱却し、自ら(親子とも)の責任と自覚において教育が施されることになると思われます。(文部科学省の「ゆとり教育」の神髄はここにあると考えています)

統合したい人、統合したくない人、地域に学校があって欲しいと願う人、すべての想いを満たします。昨秋、村長は、この提案に前向きでした。

ところが・・・

昨年暮れ、教育委員会と村長が、「村の方針はもともと決まっており、決まっていたとおりに統合を進める」と、一方的に区の役員に伝えてきました。役員さんたちは、「これまでと話が違う。そんな無茶な話を区民に通すわけにはいかない」と抗議しました。その様子は、区の集会で報告され、区民から、怒りの声が上がっています。それまで、統合に関して、家に子どもがいないからという理由で発言しなかった人たちが、村の横暴に声をあげています。

さらに、このたび、村の教育委員会は、野殿童仙房小学校の校長・教頭をそろって交代させました。通常、どちらかずつ交代させるものです。でないと、学校運営に支障をきたします。あきらかな学校つぶしですな、これは。

なぜ私が野殿童仙房小学校にこだわるか。その理由は、もくじにあるページにじっくり書いていきます。これからの激動の時代、子どもは生きていかねばなりません。ゆとり教育は、「削減」ではなく「規制緩和」ととらえるべきです。つまり、自由競争への突入です。競争というのは、他人を蹴落とす競争ではなく、みずから主体的にスキルを高めていくという競争です(ネットワーク社会をイメージしましょう)。わが子を負け組に入れるわけには行きません。負け組とは、時代の変化について行けず取り残され、みずから生きる術を持たない状態を考えています。

念のため申し上げますが、私は「統合」に反対なのではなく、「野殿童仙房小学校の廃校に反対」なのです。親として、子を守ります。村長、教育長、本当に自信と信念をもって、統合を、いや、野殿童仙房小学校廃校を貫けますか? 私の前で、堂々と言えますか?

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