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童仙房物語/ひとりでボチボチ

童仙房で村おこし

木のイラスト

山の気持ちは…

 4年間山に住んでたら、山とおしゃべりができるようになる。不思議なことだが、山にも気持ちというものが、たしかにあるのだ。自然保護とか、自然に親しむとか言うけど、それはいったいどういうことだろう。と、山に聞いてみた。山は、けっして人間をいやがっているわけではない。

 もし、あなたなら、どう? 自分が傷つくことをおそれて、だれからも離れてひとりっきりになるのが、幸せ? ちょっとぐらい傷ついたって、いろんな人と同じ空の下で、泣いたり笑ったり、楽しんだり、ときには悲しんだりすることさえ、幸せじゃないかな? 山も同じ。大切なのは、人間が山といっしょに泣いたり笑ったりすることじゃないかな。

山ですごす時間は

 自然というものは、ただ美しいだけではない。おそろしい表情や、きびしい表情ももっているのだ。

 たとえば、雨。都会では、しょうしょうの大雨でも、水は側溝や下水管を流れ、型どおりにスマートに処理される。ところが、山ではちがう。山の斜面にふった雨水は、谷間にあつまり、茶色い水が、どどどどどどーっとあふれかえる。その荒々しさたるや、人間にはなすすべもない。

 そんなとき、こわくなって、いくら山に泣いてあやまったって、かんたんにはおさまらない。まったく自然とは、情けようしゃのないものなのだ。

 でも、その自然の動きは、どこかしら、私たちの心の動きと似てる。おこったり、わらったり。んでもって、人間は、山と対話をすることもできるのだ。なんか考えごとをしてるとき、山がふっと答えを出してくれることもある。かと思うと、しっかり悩みなさいと、つきはなされることもある。

 山は、生きている。それは、まちがいない。――でもそのことを、特定の宗教として語るのは、私は好きでない。

 山が人間に対して、独自のメッセージを発しているとは、あまり考えたくない。「山が私に○○と言った」と言うより、「私は山とこんなおしゃべりをしたよ」と、人間どうしで語り合いたい。

 山とおしゃべりしてるうちに、気持ちが楽になったり、ものごとを考える視点のとりかたが変わったり、もっといえば、平和とか環境とか人権とか、そういったことに対しても、人間が頭で考えてるのとはまたちがったものが見えてくるかもしれない。

そこで村おこしを

秋の山

 そういうわけで、私は、山と対話する体験を大切にして、童仙房で、村の人と都会の人とがいっしょになって作っていけるような村おこしをしたい。地元の人たちも、何人かは協力してくれそう。

 これを、たんなる商売とは位置づけない。また、今のところ、村の行政とは関係もない。童仙房がいきいきとしてほしいが、童仙房だけがよくなればいいというものでもない。いろんなとこに住んでるいろんな人が、山とおしゃべりして、毎日の生活を楽しく送れるように、そんな場所をつくりたい。

 大阪、京都、奈良、三重から、じゅうぶん日帰り可能。小さいお子さんにも安心して遊んでもらえます。来た人が、「山とおしゃべりしてる」という感覚はなくてもいい。ただ、山の自然の中ですごして、心におみやげを持って帰ってくれたら、それは山との対話によるものだと、私はうれしくなる。

 でもね、ここの人たちはおおむね都会の人が来ることを歓迎してくれるけど、田畑にゴミ捨てたり、火の不始末から山火事になったりすることもあるし、子どもたちが植えた水仙をとってく人もいて、あんまり度が過ぎると、都会の人を歓迎しなくなるかもしれない。それに、ホタルがいっぱいいるよって言ったら、業者が掃除機でとりにくるといううわさも聞く。人が来るのはいいけど、そのために自然がめちゃくちゃにされたら、何してるのかわからない。そのへんは、気をつけたいところ。

なんかね、おおぜい来るの

 1997年の7月に雑誌にのせてもらったり新聞にのせてもらったり、それに8月には京都の府民だよりで不動の滝を紹介してもらったりして、この夏は、たくさんの人が来たよ。でね、童仙房の人たちが、「なんかすごいね」っていうことで、村おこし実行委員会をつくろうという機運が高まってきた。(やったね)。

 よそから来る人たちの中にも、村おこしを手伝いたいとか、参加したいとかいう人が何人かあらわれてきた。なにかができるかなー。楽しみなのら。

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まずは高麗寺が拠点

 第二次世界大戦で犠牲になった朝鮮人の遺骨は、日本が持っている。それは、どこかへ納められねばならない。その役目は、韓国がするしかない。童仙房の高麗寺が、日韓朝によびかけた。そして、もう二度と戦争をくりかえさないため、童仙房の地に、それぞれの民族が自分の神が一番だと主張することをのりこえて、世界中の人がおたがい敬いあえることを願って、巨大なモニュメントを造ることを計画している。

 その、在日朝鮮人の本山、高麗寺が、村おこしに積極的に協力するという。

 高麗寺の高麗ハイツに、スペースを作り、遊びに来た人が休憩でき、トイレもでき、童仙房の農産物を希望する人に買っていただけるようにし、童仙房の案内をし、広大な敷地内、子どもが遊べるところはいくらでもある。見晴らしのよいところもある。食事は、韓国の料理が食べられる。韓日共同のイベントもできるだろう。戦争の資料も展示してもらえるよう頼んでいる。童仙房へ来た人は、高麗寺へよってみてください。

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