
このページにある内容は、1997年当時のものです。
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ことの発端は、あるメーリングリストで、私が村おこしの話題をつづけて投稿していたところ、「知り合いが大きなテントを倉庫に眠らせているが、それを村おこしに活用しないか?」という話があった。私はその話を区長に通す。すぐに区の役員会が開かれ、「無償か? ほなもろとこ!」とすぐに決まる。テントは、みなが使えるように、区で受け取って、区の所有にしよう。そして、村おこし事業を進めていくには、区より有志の方がいいだろうと。
8月24日、童仙房区の役員と私、計6名で、大和高田市の株式会社マルキンさんへ、テントを受け取りに行った。9月6日、区の役員で、テント建設。新聞記者やテレビ取材班が来た。
テントを建てたら、なにかしなければ。その思いで、私はフリーマーケットを提案。
理由は、
1.地元の農家が、平等に参加できる。
2.都会の人も、お客さんでなく、主体的に参加できる。
3.新米のアピールに絶好。
4.農家は、決められたことを同じようにこなすことには慣れていても、自分で考え、工夫し、自分で行動することには慣れていないから、そういうことにふれてほしい。
5.都会の人の出店を見て、都会の人の感性を知ってほしい。
6.最悪、地元の参加がなくても、イベントは成り立つ。
しかも、フリマは、数十人規模では成り立たない。数百人から千人を越える人が来なければ。それには、マスコミを最大限に利用する必要がある。そのためには、フリマ単品ではムリ。無償提供されたテントを地元で建て。さらにイベントに活用することをセットにしなければ。
童仙房区は、時期尚早で、区が主催にはなれないが、おまえやってみろ!とのことで、私の主催でやることに。テントは区で建てたが、フリマは個人主催。これで、地元は混乱に陥る。
個人主催のイベントなど、山村の人には考えられない。しかし、私に言わせれば、やってみなければ分からぬことに、区では取り組めるはずがない。
「区長、なにやっとんねん!」と、批判が出た。が、私には批判が出ない。フリマをやることそのものにも、反対は聞こえてこない。いや、様々な声はあったのだが、私を否定する声は聞こえなかった。私は、区の全家庭に、テントのいきさつやフリマの趣旨を書いて配った。
なかば、強行に進める私。
京都新聞、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞各京都版に載る。
京都府が進めている「木津川フィールドミュージアム」が正式後援事業に認定してくれた、チラシを大量に印刷し、各市町村に配布してくれたほか、私が一部の団地に新聞折り込み。
童仙房区も、後援に入れてくれと、言い出した。
南山城村役場も、井戸、水洗トイレなど、資金援助をはじめ、積極的にバックアップ。行政が、機動的に動いてくれた。
地元の理解は鈍い。あえて、地元は理解しにくいことをやってるんだから、当たり前だろう。当日が近づくにつれ、出店の動きが出てきた。営農組合や婦人会などの団体としての参加は、私の方で断った。個人で参加してほしいと。
当日が近づく。これだけタンカきってて、空振りに終わったら、切腹もんだろう。
私は、私のネットワーク(インターネットも含めて)を駆使した。
一抹の不安を残しながら、当日を迎える。