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むらまち交流協会

童仙房物語

むらまちとともに −その10−
 フリーマーケット総集編;当日 その3

このページにある内容は、1997年当時のものです。
掲載内容をもとに関係機関へのお問い合せ等はなさらないでください。


りんりんのお店

 じつはね、りんりんも店出したんだよ。本部テントの横で、出したとたん、売り切れちゃった。すごい人だかりだった。私も買おうと思ったが、寄りつけなかった。あ、出店料の2000円は、もちろん払ってくれたよ。

 ハーブティーもよく売れた。お湯を沸かすのが間に合わなかったとか。1杯100円。私のアップルミントが大量に使われた。私にはそれがうれしい。売り上げは、ハーブ園の看板代に。

 私の知人は、みな、そこそこに売り上げがあったもよう。でも、出店者の中には、ほとんど売れなかった人もいた。気の毒だが、どうしようもない。

ハーブのお店

 午前10時半ごろ、毎日新聞の記者に、来場者は1000人と伝えた。正確には数えられないが、10時半の時点で500人ほど来ていた。その後もどんどん車が上がってきたので、1000人という数字は妥当だったと思う。会場にいた人たちにきいたが、みんな、1000人ぐらいだろうと言っていた。

 地元の人たちは、みんな、来場者の多さに、仰天していた。私の知人たちも、「大成功だね」と言ってくれた。じっさい、1000人ぐらい集まらないとフリーマーケットは成り立たないのだから、私にとって、この人数は、当然なのだ。だが、みなの反応は、「信じられない人数」だった。

 私は人数には驚かなかったが、とても感動したことがある。それは、ゴミが落ちていなかったことだ。会場には、夕方になっても、ゴミが見られなかった。道路にも、全くゴミはなかった。これは、驚異的なことだ。あれだけの人が集まりながら、ゴミが落ちていない。食べるモノをたくさん出したので、ゴミの散らかる条件がある。なのに、みんな、自然をいたわってくれた。ひとりひとりに、お礼を言いたい。
(後から聞いた話、じっさいには、童仙房の人たちが、夕方、道のゴミを拾って歩いたそうだ。しかし、自主的に掃除をしてくださったこと、短い時間で片づく程度にゴミが少なかったことは、やはり、すばらしいと思う)

 夕方、テレビカメラの前で、りんりんと会話。りんりんは「120点!」と言ってくれた。カメラの前で、私は区長とかたい握手。テレビのディレクターが、みんなで万歳をしてほしいというので、そこらへんにいた人を、「いっしょにテレビにうつろうよ」と呼んできて、テントの前で、万歳三唱! テレビさん、ステキなエンディングをありがとう! このシーンは、テレビでも放送される。

エンディング

 そのあと、みんな、かたづけにかかる。「街チャ」取材班が、私に場所を変えてインタビューしたいという。かたづけもそこそこに、車で少し走って田んぼへ。あぜに腰かけて、質問に答える。「こんどはマジメに答えてよ」と言われた私は、かるいショック。(^^;)

 「なぜ村おこしをするのか?」「なぜ手弁当でそこまでするのか?」「この先、何を見ているのか?」といった内容だったと思うけど、即答できず、何度もやり直してもらった。なぜ、村おこしをする? そんなこと、考えてなかった。いや、考えてなかったことが正解じゃないかと思う。私が答えを持っていたら、それを村の人に押しつけてしまう。

 「私には分からない。だから、とりあえず、なんかやってみるし、それを土台に、みんなで、童仙房のこと考えていこう」
 つまり、分からないから村おこしをするんだ。それと、「楽しい」ってことは重要。生きてること、ここに住んでること、都会の人と交流することが、楽しくないと、未来は生まれない。テレビさん、地元のやる気を起こしてくれて、ありがとう。りんりんも、ただのタレントじゃないね。ほんとに、童仙房のこと、思ってくれた。あたたかい人だね。ありがとう。

 日が暮れて、テントへ戻る。テントでは、地元の人たちが寄って、ささやかな打ち上げ。差し入れのスモーク鮭と豚マン、ビール、みんなでいただきました。感謝です。

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