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むらまち交流協会

童仙房物語

むらまちとともに −その10−
 フリーマーケット総集編;盛況だった理由

このページにある内容は、1997年当時のものです。
掲載内容をもとに関係機関へのお問い合せ等はなさらないでください。


 かくして、その日は、去っていった。

 フリマ前日までの3日ほど、天気がぐずつき、雨が続いた。当日も天気が危ぶまれた。が、28日は早朝より、晴天。水たまりも、ほぼなかった。来場者数は1000人と読んだが、晴天が数日続いていれば、もっとふえただろう。

アロマテラピーの実演

 さらに、出店者数は、前日、申し込みの合計が村外40店と聞いていたが、けっきょく村外からは18店だった。1店あたりのボリュームがあったことと、地元も多数出店したので、もっと多いように見えただろう。なぜ、40店が18店に減ったか? 悪天候がつづき、会場コンディションに不安を覚えた人が多かったと思われることと、童仙房へ上がる道が分からなかった人もいたのではないか?

 しかし、ともかく、これだけの人がいちどに来たのは、童仙房始まって以来のことだ。

 盛況だった理由を、まとめてみる。

 「無償提供されたテントを、地元の人たちが寄って建てた」ことと、「イベントをすること」をセットにしてアピールした。どちらも、単独では、弱い。ほかにいくらでもある話だから。小さな話でも、組み合わせれば、大きく見える。

 地元のペースでは、このふたつの間に、半年か1年ほどのタイムラグができてしまう。すると、ふたつが、バラバラになり、盛り上がりに欠け、集客力は10分の1程度に落ち込むだろう。私は、自分の主催であることを得て、地元のペースを無視して、進めた。とうぜん、混乱が起きた。混乱が起きても、当日にこぎつけられたのは、童仙房が開拓地で、進取の気風があるため。私が童仙房を選んだ最大因は、それだ。5年半住んで、どこまで押しても良いか、じっと見た。今回のことは、押せば通ると踏んだ。

 テントとイベントに、「村おこし」というキーワードを重ねた。個人の事業では、都会の関心を呼ばない。村おこしとは何か?という基本を押さえないまま、形を作ることを先にした。逆に言えば、形が見えないまま議論を重ねても、むなしく空回りするだけだろう。とにかく、ひとつ形を作って、それを見ながら、あらためて議論すればよい。

 形はフリーマーケットだが、こんな山奥にモノを買いに来る人はめったにいない。自然の中で一日をのんびり過ごして下さい。その中に、フリーマーケットもあるよ。と、自然に重点をおいてアピールした。フリマは都会にだっていくらでもあるが、童仙房の自然は、都会には、ない。いっぽう、自然だけあっても、都会の人には訪れにくい。なにか、自然の中に「場」を設定することが大切なのだ。しかも、気楽によれる場を。

韓国の踊り

 地元にあるモノを総動員した。韓国の踊りと食べ物。江州音頭。ロックバンド。清流でドジョウすくい。米とお茶、さらに、松茸。ハーブ。私が積極的にしくんだモノもあるが、踊りやバンドは、私が何も言わなくても自分たちで名乗りをあげてくれた。

 おいしい米を、とくに重点的にアピールした。都会では、なかなかおいしい米が食べられない。童仙房の人たちは、当たり前のように、超高級な米を食べているから、何とも思っていないが、これは、ぜいたくなことなのだ。米をアピールすることは、地元にあるモノを活性化するとともに、農業等、後継者問題への布石になる。

 最後に、私が、自分の持つネットワーク(インターネットを含めて)を最大限に活用したことがある。マスコミが動いたのも、そのことが大きい。この話は、次回にゆずります。

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