
このページにある内容は、1997年当時のものです。
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前回には、ずいぶんなまいきなことを書きました。でも、よく見ていただければ、私が書いた中に私ひとりの力でできることは、何ひとつありません。
これまで私たちは、上からの指示で動く「タテ社会」で生きることが多かった。これからは、「ヨコ社会」、つまり、ネットワークの時代だと思う。誰に命令されるわけでもない。自分の意志で、考え、行動する。管理でなくて、自分から望んで。
私はフリマを進めるに当たって、管理や団体行動や組織は、できるだけ後ろへやった。個人、自発、創意を、重んじた(つもり)。
私は、主催は引き受けたものの、誰に対しても命令できる立場にはない。どんな組織にも、会社にも所属していないので、そういった庇護もない。権力もなければ、カネもない。そんな、何もない人間が、どうやって物事を進めたのか? という質問は、間違いだと思う。何もないからこそ、できることがある。それを証明して見せたかったという一面もあった。
財産がないからできない。知識がないからできない。地位がないからできない。体力がないからできない。と、私たちはすぐに言ってしまいがちだけど、それはちがう。
私があれだけ暴走(?)をしても、私への批判は、聞こえてこなかった。(陰でいう人はいたかもしれないが)私が何も持ってない人間だから、ということもあるだろうし、5年半、地元の人といっしょに、どかたをし、農業を手伝ってきたこともある。頼んでないのに、つぎつぎと、地元の人が名乗りを上げたり、協力を申し出た。これが、ネットワークの基本だと思う。ふだんのつきあいが、人を動かす(義理とかじゃなくて)。逆に、ふだんのつきあいなしに人を動かそうとすれば、権力や財力などの「力」に頼らざるを得なくなる。
地元だけじゃない。
ふだんから何かとつきあいのある主婦グループ、小さな会、小さなお店、ボランティア仲間、ハーブの仲間、こういったところは、頼まなくても、手伝ってくれたり、宣伝してくれたりする。大事なのは、ふだんのつきあい。もし、私が会社に勤め、仕事に明け暮れていたら、こんな人のつながりはつくれない。仕事をしたらいけないのではない。仕事だけではいけないというのである。
さらに、インターネットパワーがすごかった。むらまちMLで、テントを引き受けたあたりから、地元の動きを詳細に投稿し、私の考えや行動を詳細に報告した。その過程で、会員から、たくさんのアイディアやアドバイスをいただいた。まさに、MLが作り上げた企画であった。フリマの準備段階でも、そうとう力になってくれた。もし、インターネットがなければ、地理的、物理的障壁によって、不可能だった。
むらまちMLに助けてもらいながら形をとってくると、他のMLにも情報として流した。それぞれのMLで、出店や、来場をはじめ、たくさんの励ましをいただいた。ML以外で、HPをとおして、知らない人がメールで励ましてくれることもあった。
ただ、インターネットにつなげば、なんでもできる、わけはない。やはり、現実の、ふだんの生活が、だいじなんだろう。だが、手段としてインターネットを利用すれば、今まで不可能だったことが可能になっていく。
村おこしなんて、タテ社会で取り組んだら、うまくいかない。ヨコ社会で、広げていかないと。私の力で何とかしてやろうなんて、思う必要はない。価値観の違う人たちと、輪(和)を広げていくことだ。あの人たちは、自分とはちがうから、なんて言わずに、ちがうなりに輪をつくっていけばいい。
ここら界隈で、これだけマスコミが動いたことはない、と言われたが、その理由は、ネットワークが動くから、マスコミも動いたんだと思う。行政も、迅速な対応で、協力してくれた。私が府や村に、○○をしてほしいとは頼んでいない。頼んでいないからこそ、動いてくれた。府や村のほうから応援を申し出てくれたのは、「私」に対してでなく、「人の輪」に対してなのだ。