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むらまち交流協会

童仙房物語

むらまちとともに −その10−
 フリーマーケット総集編;ネットワーク

このページにある内容は、1997年当時のものです。
掲載内容をもとに関係機関へのお問い合せ等はなさらないでください。


 前回には、ずいぶんなまいきなことを書きました。でも、よく見ていただければ、私が書いた中に私ひとりの力でできることは、何ひとつありません。

 これまで私たちは、上からの指示で動く「タテ社会」で生きることが多かった。これからは、「ヨコ社会」、つまり、ネットワークの時代だと思う。誰に命令されるわけでもない。自分の意志で、考え、行動する。管理でなくて、自分から望んで。

 私はフリマを進めるに当たって、管理や団体行動や組織は、できるだけ後ろへやった。個人、自発、創意を、重んじた(つもり)。

 私は、主催は引き受けたものの、誰に対しても命令できる立場にはない。どんな組織にも、会社にも所属していないので、そういった庇護もない。権力もなければ、カネもない。そんな、何もない人間が、どうやって物事を進めたのか? という質問は、間違いだと思う。何もないからこそ、できることがある。それを証明して見せたかったという一面もあった。

エキゾティックな出店者(友人です)

 財産がないからできない。知識がないからできない。地位がないからできない。体力がないからできない。と、私たちはすぐに言ってしまいがちだけど、それはちがう。

 私があれだけ暴走(?)をしても、私への批判は、聞こえてこなかった。(陰でいう人はいたかもしれないが)私が何も持ってない人間だから、ということもあるだろうし、5年半、地元の人といっしょに、どかたをし、農業を手伝ってきたこともある。頼んでないのに、つぎつぎと、地元の人が名乗りを上げたり、協力を申し出た。これが、ネットワークの基本だと思う。ふだんのつきあいが、人を動かす(義理とかじゃなくて)。逆に、ふだんのつきあいなしに人を動かそうとすれば、権力や財力などの「力」に頼らざるを得なくなる。

 地元だけじゃない。

 ふだんから何かとつきあいのある主婦グループ、小さな会、小さなお店、ボランティア仲間、ハーブの仲間、こういったところは、頼まなくても、手伝ってくれたり、宣伝してくれたりする。大事なのは、ふだんのつきあい。もし、私が会社に勤め、仕事に明け暮れていたら、こんな人のつながりはつくれない。仕事をしたらいけないのではない。仕事だけではいけないというのである。

美女トリオの出店者(友人です)

 さらに、インターネットパワーがすごかった。むらまちMLで、テントを引き受けたあたりから、地元の動きを詳細に投稿し、私の考えや行動を詳細に報告した。その過程で、会員から、たくさんのアイディアやアドバイスをいただいた。まさに、MLが作り上げた企画であった。フリマの準備段階でも、そうとう力になってくれた。もし、インターネットがなければ、地理的、物理的障壁によって、不可能だった。

 むらまちMLに助けてもらいながら形をとってくると、他のMLにも情報として流した。それぞれのMLで、出店や、来場をはじめ、たくさんの励ましをいただいた。ML以外で、HPをとおして、知らない人がメールで励ましてくれることもあった。

 ただ、インターネットにつなげば、なんでもできる、わけはない。やはり、現実の、ふだんの生活が、だいじなんだろう。だが、手段としてインターネットを利用すれば、今まで不可能だったことが可能になっていく。

 村おこしなんて、タテ社会で取り組んだら、うまくいかない。ヨコ社会で、広げていかないと。私の力で何とかしてやろうなんて、思う必要はない。価値観の違う人たちと、輪(和)を広げていくことだ。あの人たちは、自分とはちがうから、なんて言わずに、ちがうなりに輪をつくっていけばいい。

 ここら界隈で、これだけマスコミが動いたことはない、と言われたが、その理由は、ネットワークが動くから、マスコミも動いたんだと思う。行政も、迅速な対応で、協力してくれた。私が府や村に、○○をしてほしいとは頼んでいない。頼んでいないからこそ、動いてくれた。府や村のほうから応援を申し出てくれたのは、「私」に対してでなく、「人の輪」に対してなのだ。

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