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むらまち交流協会

童仙房物語

むらまちとともに −その10−
 フリーマーケット総集編;落ち穂拾い

このページにある内容は、1997年当時のものです。
掲載内容をもとに関係機関へのお問い合せ等はなさらないでください。


 来場者数は、私は数字を控えめに見てる。1000人のうち、地元と私のネットワークから来た人たちを除けば、うんと減る。フリマのPRは、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、京都新聞の各京都版で、大きく記事を書いてくれたこと。毎日、京都は2回書いてくれた。木津川フィールドミュージアムがチラシを作ってくれて、各市町村に1000枚ずつほど配布してくれたこと、一部の団地に新聞折り込みをしたこと、インターネットで情報を流したこと。

 できることは、すべてやった。これで人がこなけりゃ、童仙房はなにやったってダメ。

山背諸白仲間

 それから見ると、一般の来場者が、もっとあっていいと思う。が、こんなところまで、こんなに来てくれた、と、見るべきかも。私の主催は一度だけだとしつこく言っているが、もう一度主催すれば、これだけの人数を集められない。ネタを使い尽くしたからだ。村おこしの正念場は、これからなのだ。童仙房が、魅力ある場所になれるかどうかは、これからなんだ。

 車で来るしかないのだが、国道から上ってくる道は、なれない人には、怖いかもしれない。また、童仙房地内に、まとまった駐車スペースはない。申し訳ないが、道路の幅の広いところに止めていただくしかない。駐車スペースでは、1000人の来場者が限界だろう。もし28日に、2000人ほど来ていれば、車があふれかえって、悪印象を与えたかもしれない。

 童仙房には70軒ほどあるが、出店、もしくは来場した家庭は、60軒ほど。これはすごいことだ。関心の高さを物語っている。地元の人は、おおむね、人が来たことを、好意的に受け止めている。感激していた人もいる。

 翌日、わざわざ私に電話かけて、お礼を言った人もいた。私が翌日看板を撤去しているときに出会ったおばあさんは、「わたしゃ、店はよーださんが、楽しく過ごさせてもらったよ。ええことしてもろて、うれしいわぁ」と言ってくれた。当日来られなかった中学生が、「ぼくもフリーマーケット行きたかった」と言っていた。このような声を聞くのは、とてもありがたい。が、きっと批判もあるはず。地元の反応がわかるのは、もう少し待ってみる必要がある。

 ゴミが落ちていなかったこと、多くの人が使ったのにトイレが汚れていなかったことは、地元から批判が出にくくなる。

 来場者に書いてもらったアンケートを見ても、童仙房の自然が良かったという声、地元の食べ物がおいしかったという声、韓国の踊りがよかったという声、そして、2回目をぜひやってほしいという声が、目だった。いっぽう、駐車スペースへの不満もあった。

 出店者からの意見で、韓国の踊りが邪魔だったというのもあった。韓国の踊りが始まると、みんなそっちへ行ってしまい、店がとんと売れなくなったのだ。難しい問題だ。今後の課題。

 課題と言えば、地元の受け入れ態勢もある。今回は、あくまでも試みとして進めたが、地元が一丸となって、きっちり役割分担をして、広場の整備もして、出店も数をそろえて、それからやるべきだったという声もある。

 今はまだ、2回目の話はない。少し時間がかかるのではないかと思っている。区が取り組むのなら、来場者を数十人規模で考えた方がいい。逆説めいているが、受け入れ態勢を整えれば整えるほど、受け入れ人数を少なくした方がいい。私には、そう思える。

 フリマのあと、テレビのインタビューで、「10年先、どこで何をしているか?」という質問に、「童仙房にいるかもしれないし、いないかもしれない。でも、どこにいても、自分が楽しいと思うことをやっているはず」というようなことを答えた。たぶん、それが、自分に正直な気持ちだ。

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