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ボランティア体験記/阪神大震災

被災地で過ごした日々 2

次は真陽小学校へ

 2月14日から17日まで、長田区の真陽小学校という避難所へ行きました。大火災をふくめ、被害の大きかった地域です。芦屋がおちつきつつあったのに対し、ここはまだ、ピリピリしています。しかし、水道が復旧しつつあり、ボランティアの仕事は激減していました。必然的に、子どもの遊び相手や被災者の話し相手が中心となっていきます。

パパー、だっこー

 そこにいた、小学校2年生の少女Aちゃんは、私の顔を見るなり「パパー、だっこー」と大きな声で言って、とびついてきました。なんでパパやねんと、恥ずかしく思ったけど、とりあえずだっこしてあげたら、こんどはおろさせてくれません。腕がしびれても、2日間、だっこをしつづけました。Aちゃんの、甘える顔と憂いをおびた目が、私を逃がしませんでした。

 子どもたちに甘すぎると非難する大人たちは、大勢いました。私は、その人たちに言いたい。私は、2日間甘えさせて、とつぜん帰ってしまいました。Aちゃんは、ほかの子どもたちに「ボランティアのお兄ちゃんは、いつまでもいてるんちゃうで。いつかいなくなんねんで」と言っていたそうです。3週間たってAちゃんに再会したら、Aちゃんは、炊き出しの手伝いをしていて、2回だっこと言ったきりです。さらに3週間たって会ったら、そうじの手伝いをしていて、私のそばへ歩いてきたので、「どうしたん?」ときいたら、「なんもない」と言って、そうじにもどりました。もう、だれにも甘えません。私は、このAちゃんを、甘やかしすぎたでしょうか?

子どもたちがかいた絵は

 とくに絵をかこうとさそわなくても、子どもたちは、ときどき絵をかきます。

 

 (1)の絵は、小学校3年生のTくんがかいたものです。Tくんは、お城のいちばん上にいます。王さまをはじめ、それぞれの部屋には、ボランティアの名前がかかれています。お城の外は、おばけがいっぱいいて、こわくて出られません。お城の中だけで生活できるように、お城の中にはなんでもやがあります。

 (2)の絵は、Iくんという小学校6年生がかいたものです。10ぴきの動物がえがかれていますが、顔をよく見てください。みんな同じ、怒った表情をしています。

 子どもたちは、明るく元気に走りまわっているのです。しかし、その絵を見て、ボランティアたちは、今まで何も見えていなかったんだとショックをうけていました。子どもたちは、あまりに明るすぎて、まるで何かを忘れようと、必死になっているようにも見えます。これらの絵は、自分がうけた経験を、おそれ、否定し、排除しようとしていると解釈したくなりがちです。けれども、そう読んでしまえば、どこに救いを見出せるというのでしょうか。

 お城の中には、勇者がいて、おばけと戦うための作戦をたてるコンピューターがあります。このお城は、自分を守る要塞でありながら、おばけと戦うための前線基地でもあります。戦場は、もちろん、自分の心の中です。おばけとは、心に巣くう逃避や自暴自棄のことです。これだけりっぱなお城ですから、いつか必ず、おばけを撃ち砕いて勝利をかちとることでしょう。怒った動物も、自分自身が悲しさやつらさに負けまいと、強く立ち向かっているようには見えないでしょうか。

 こういうのは、絵の解釈の技術でなく、子どもに接するときの姿勢、もっといえば、私たち自身の生きざまの問題ではないでしょうか。

傾いた家と、しわくちゃの千円札

 私は、3月にも、たびたび真陽小学校へ行きました。そのころ、避難所にいる人から、自宅の荷物を運び出す仕事をたのまれるようになりました。傾いた家に入るのは、ちょっと度胸がいります。家の中はメチャクチャなので、くつをはいたままあがります。ガラスも土も服も食べ物も本も…。たんすや冷蔵庫や本棚なんかも、あっちこっちへ飛んでいます。電気製品は、まず全滅。

 入り口の近くから、どんどん外へ出していきます。ふすまや部屋の扉はあかないので、蹴ってはずしました。「これ蹴ったら家がつぶれへんか?」「あほか、こんなもんで家ささえてられるか」「余震きたらあかんなあ」「今までつぶれへんかったんや、どうもないで」「おばちゃん、写真ようけあんで。これおいとき」「おばちゃん、遠慮しなはんな。なんでも出したるやんか。使えるもんは大事にしいな。また買わんならんで」なんて言いながら、ほこりまみれになって、かたづけました。

 ある家をかたづけ終わったとき、おばちゃんが、ポケットからしわくちゃの千円札を1枚出して、わたそうとしました。私は断りましたが、「こんだけしかあらへんねん。私のせいいっぱいの気持ちやで。もろてくれな、いやや。お兄ちゃんの顔、一生忘れへんからな」と言われて、「おおきに。1億円より値打ちあるがな」と、私は1枚の千円札をだいじに受けとりました。

だれの自立?

 4月になればボランティアの数は激減するということがわかってくると、自治組織をつくるための話し合いが繰り返しもたれるようになってきました。しかし、自分がしなくてもだれかがやってくれるだろう、という雰囲気がなきにしもあらずで、ボランティアたちも、そんな状況をかえていこうと、必死でした。被災者が主体的に行うイベントや炊き出しを計画し、試行錯誤をかさねました。しかし、被災者からの動きはなかなか表れず、ボランティアたちの疲労の色も濃くなってきました。そのころ、マスコミでは、被災者の自立ということが言われており、被災地でも、ボランティアがしきりに口にしていました。

 それに対し、ひとりの被災者がこう言いました。「自立せえやて、笑わすな。今はたまたま地震があったからこうしているだけで、なんぼでも自立ぐらいできるわ。学生ごときに自立せえ言われるすじあいはない」。自立とは、相手をバカにした言葉なのかもしれません。

 別の被災者は、こう言いました。

「ボランティアさんの主観的善意はつゆ疑いませんし、たいへん感謝しています。けれども、きまった仕事をしているだけの人や、せっかくボランティアに来ても仕事がないといって立っているだけの人にちょっと言いたいです。ボランティアの仕事がないなんて、ぜったいにそんなことはありません。自分の目の高さでしか見ないから、けっきょく何も見えないんです。被災者の生活レベルまでおりてきてください。いくらでも仕事はあります。

「たとえば、運動場に仮設トイレがたくさんありますよね。被災者が交代でそうじをしていますが、それでも汚れているときがあります。ドアをあけて汚れているのが見えたらどうしますか。ドアをしめてとなりへ行きますか。それでいいんですよ。でも、汚れていたという出来事は残りますよね。そんなとき、自分の手でそうじしてほしいんです。これが自分の家だったら、ほっておきますか。そう考えてほしいんです。それに、自転車置き場の自転車、これをかたづけるのは被災者の仕事だといって目をつぶらないでほしいです。それから、運動場のかたすみに置いてある洗濯機、雨がふったらずぶぬれです。もしあなたが、新婚の夫婦だったらどう思いますか。奥さんが、雨にぬれながら洗濯をしている、それなら雨がかからないように、屋根をつくってやろうか、そんなふうに考えませんか。

「ボランティアさんに動き回れとか、そうじをしてくれとか言っているのではありません。ただ、そういう次元で仕事をさがしてほしいのです。若い学生さんがボランティアに来て、何かを学んで帰ってくれたら、私たちとしてもうれしいです。これまで大切に育てられてきた子が、はじめてぞうきんを持った、そんな体験だけでも、じゅうぶん値打ちがあると思っています」

 また、ある被災者は、こう言っていました。「今この避難所では、自分たちでやっていこうという雰囲気がぜんぜんない。ぼく自身、ここでは動きをおこせないでいる。けれどもぼくは、よそで何かあったら必ずかけつける。今回いろんな人に助けてもらったことは忘れない」

いつかみんなを守るからね

 避難所に来ていたボランティアたちを中心に、ちょっとした遊びのような感覚で、私がつくったワークシートに書いてもらっていたことがあります。

 3月にはいったばかりのある日、一通の封筒がとどきました。差出人の住所も名前も書かれていません。中には、私がつくっているワークシートが1枚はいっていました。17歳の女の子であるという以外は、消印から、たぶん被災者だろうとわかるだけです。

 このシート、【無人島にながされたって】は阪神大震災の被災地をモデルにつくったものです。被災してない人が書けば日常生活がえがかれますが、被災者が書くと、どうしても地震がオーバーラップされてくるはずです。そのワークは、つぎのようなものでした。「 」内が彼女の書いた部分です。

〔無人島にながされたって〕
[1]あなたは台風にあって、無人島に流されました。その島は「めっちゃキレイ」
[2]そのときいっしょにいたのは「t、k、r、y、m、e」(友だちの名前が6人)
[3]船はつぶれた。どうする? 「みんなで相談して助かる方法を考える」
[4]しばらくここでくらしていかねば。どんな不安や心配がある?
  「みんなと一緒やから大丈夫!! だから不安も心配もゼロ」
[5]自分をはげまして! 「1人じゃないねんで」
[6]無人島で1年暮らした今
  「幸せ。幸せやと思えばどんな時でもなにがあっても幸せになれる気がするし、みんなと一緒やから」
[7]何でもどうぞ。
             みんなへ
          あ り が と う
       もっともっと つよくなるように
       もっともっと やさしくなるように
       もっともっと オトナになれるように
       もっともっと いいことがあるように がんばるからね。


       いつまでも宝物のみんなに守ってもらうばっかり
       やけど、いつかみんなを守るからね。
       なにがあってもみんなのコト守るで。

 この1枚の紙切れには、ボランティアの思いが、そしてきっと被災者の思いも、これや!というものが、しっかりつまっています。言葉で表現しきれない気持ちが、ここにある。これを見たボランティアたちは、一様に、うっ、と言葉を失っていました。見ただけで泣きくずれた人もいます。

 私は、この一片の紙の心を、自立と考えています。自立とは、たんに衣食住や経済面や、社会的地位や、さらに助け合いや協調性でもなく、この、前向きな生き方、その一言につきると思っています。おそらくまったく経済力のない、この17歳の女の子がりっぱに自立していると、私は主張します。逆に、いくら年をとっても、安定した収入があっても、扶養家族がいても、ただそれだけで自立しているとは言えません。

 現在の世の中で、おとなも子どもも自立している人はほとんどないのかもしれません。それでいいんです。だからこそ、自立するための努力がはじまるのです。弱者救済がボランティアじゃない。被災者もボランティアも自立できてないから、困難な状況の中で、手をとりあって、自立をさがしていこう。そんな活動であってほしい。

モモ 記

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