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ボランティア体験記

骨髄移植体験記 その5

近所のおじいさんが 同じ病院の違う部屋に入院していた。再発したら終わりと言われていたガンが再発しての入院である。本人は、そのことを知らない(ふりをしていただけかも知れないが)。私は、つれあいといっしょに、そのおじいさんを見舞いに行った。私が骨髄移植で入院することは、近所の人にもあまり言っていないが、そのおじいさんのお家には言ってあった。闘病で苦しむおじいさんのお世話をしていらっしゃるおばあさん、私を見て、言った。「なんと、なんの病気もない人がこんな姿になって・・・」。誰も苦しみたくないのをわざわざ自分から買ってでた、えらいヤツだ、という言葉がつづいたが、私たちには、ここにいることさえ、申し訳ないのだ。えらいヤツなど、とんでもない。私の腰の痛みなど、仮のものでしかない。おじいさんの苦しみとは、根本的にちがうのだ。おじいさんを励ます言葉もむなしく、「元気な姿でおうちに帰ってくださいね」と言って、自分の病室へもどった。そして、つれあいは、家に帰った。(おじいさんは、二度と自宅へ帰ることなく、2ヶ月後、いきを引き取った)

ガンで入院している 私の隣のベッドのおじさん、私に話しかけてきた。「事情を聞かせていただきましたが、そういったことをしようというお気持ちがどういったものなのか、聞かせていただけませんか?」と。「私はガンで苦しんでおるんですが、自分のことでさえ、こんなに大変なのに、見もしらん他人様のためにこんなしんどい思いをされている・・・」と、そのおじさんは続けて言う。「私が提供させていただく患者さんは、私の骨髄がないと生きていけないんです。それに比べて、私のしんどさはこの程度のもんです」と、私。たしかに、提供相手の患者さんのことも頭にあったが、いまは、つれあいのお腹に宿って去っていった小さな命を思う。短い間に駆け抜けた、生と死。生まれること、生きること、簡単なことではない。ガンと闘って、それでも生きようとする人。私の骨髄を必要として、遙かな苦しみと闘い続けている人。「この程度のこと?とてもこの程度には見えませんが・・・」と、おじさん。「でも、見えてるだけのものですよ」と、私。

その次の日は、 だんだん痛みもひいてきた。とはいえど、やはり痛い。じっと寝ていても、うずうずと痛いし、歩くとひりひりする。もしかして、退院が少し遅れるかも。

骨髄バンクから 入院のお見舞いにお菓子をいただいた。バンクのコーディネータさんが、見舞いに来てくださった。第三次検査以降、親身に相手をしてくださって、感謝している。私のようなものでも、こうやって骨髄の提供をさせていただくことができ、うれしい。提供させていただいた相手が、どんな方か、その後どうなっているか、コーディネータさんにも知らされていないという。1度だけ手紙のやりとりが認められているほかは、相手の様子を知るすべもない。それでいいのだろう。移植が成功したか、失敗したかという結果が大事なのではなくて、生きようと努力することそのものが大事なんだろう。ドナーにとっては、生きようと努力する人に提供させていただいたこと自体が大切。

明日退院しますか? と、看護婦さんが、きいてきた。腰の痛みは、まだ歩くのも困難。しかし、1日も早く帰りたい。「ええ、退院します。もう痛みはどんどん軽くなっていますよ」と、私。「そうですか。ま、日に日に良くなっていくでしょう。では、先生に伝えておきます」と、看護婦さん。手術後1-2日で痛みはほとんど苦にならない程度に快復すると聞いていたが、私の場合は、そうではない。まだまだ、ズンズンと響くような痛みがある。

夜、いろいろな気持ちが 私の中をめぐった。入院したのは、わずか3日前。もっともっと、はてしない年月が流れていったように思える。

モモ 記

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