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ボランティア体験記

骨髄移植体験記 その7

感謝状

厚生大臣からの感謝状が 届いたのは、年度末。すべてのドナーに事務的に送られるのだろう。その経費は、バカにならないにちがいない。私としては、患者やドナーの負担軽減のためにお金を使ってほしい。もらって悪い気はしないが、ドナーがほんとうに欲しいのは、感謝状ではない。手術から1年後、骨髄バンクより、再登録の意思確認があったが、私は「1年間保留」を選択した。ふたたび機会があれば、提供を考えたいが、生涯を通じ、昨年のように提供しやすい状況はなかなか自分に訪れないだろう。少なくとも、ここ数年は、提供できないと思う。

骨髄提供者は 案外少ないらしい。コーディネーターさんから聞いた話だが、第三次検査に進んだ人の3分の1程度だそうだ。若いドナー候補者は、親が反対するらしい。親が反対しない若い候補者は、一人暮らしゆえの不摂生により、健康診断がアウトになる。働き盛りの候補者は、仕事ゆえ、アウト。仕事を休める立場の管理職は、成人病でアウト。人を救いたいと願う人は、自分自身が救える環境を整えられず、人を救える環境の整った人は、身内の反対にあう。他人よりも自分がかわいいのは、誰にとっても当たり前。でも、他人を救わず、自分が救われることがないのも、きっと、この世の定めだろう。カネや権力は、最後の最後に自分を救う手段となりえない。どんな金持ちにも、どんな権力者にも、病気はおかまいなしに訪れるし、死はやってくる。おだやかで、優しい心をもって生きることが、病気を遠ざけたり、生をのばしたりする。それでも、いつかは死ぬのだが・・・

ドナーになってみて 私の中で、なにも変わらない。ドナーになったために、生き方が変わったという人も多いようだが、私は、特に変わったと感じない。私にとって、骨髄提供は、日常の一部でしかない。大きなことでもなく、小さなことでもない。いつも、自分にできるいちばんいいことを、していたいと思う。それは、人の役に立つことかも知れないし、だれの役にも立たないかも知れない。誰かの役に立ちたいという気持ちを、多くの人がもってくれるようなきっかけを提供できたら、それがいちばんうれしい。でも、最初っからそれを期待していては、きっと、空振りしてしまう。願うけれども、期待はしない。きのう、私が私であったように、きょう、私は私である。

そんな中に、骨髄提供の機会が訪れ、日々そのままに、ドナーに選ばれ、提供させていただいた。様々な条件が整わないと、骨髄提供は難しい。でも、いつになっても変わらないものもある。骨髄提供することも、大地震の被災地へかけつけることも、重油を拾いに行くこともさりげない日常ならば、目の前のおじいさん、おばあさんをいたわることも、小さな命を慈しむことも、おなじくあたりまえの日常である。明日もあさっても、いちばんいい私でありたい。

モモ 記



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