国道163号線、加茂駅へ曲がる交差点の近くに、「海住山寺」という大きな看板がある。
関東から来た知人が「うみすみやまでらって、何?」と尋ねたとき、
私は何を言っているのかわからなかった。
海住山寺は、相楽東部地域では、けっこうポピュラーなお寺。
初詣に行く人も多いようだ。
じっさい、海住山寺のステッカーを貼っている車は、よく見かける。


国道163号線を北へ曲がって、狭い道を行く。曲がるところは、看板があるので、すぐにわかる。
この先に、そんなに大きなお寺があるのだろうか?と心配になるほど田んぼの間の細い道を抜けて、山へさしかかると、一気に急な坂。
歩いて上ってもちょうどいいハイキングかな、という程度の距離だが、車でお寺の入り口まで登ることができる。
境内は広い。はしっこに立つと、加茂の街並みを見下ろせる。
加茂町の町勢要覧から、海住山寺を紹介してみよう。
海住山寺は、町の北、瓶原(みかのはら)地区の山の中腹にある寺で、天平7年(735)、聖武天皇の願いにより、東大寺の良弁(りょうべん)僧正が開創したと伝えられています。海住山寺の名は、鎌倉時代に解脱房貞慶(じょうけい)が、この寺を中興した際に名づけられたもの。もとは観音寺と称していました。
本堂に向かって左側にそびえる五重塔は、あざやかな朱塗りの柱と連子(れんじ)窓が背後の山並みに映える鎌倉時代の傑作で、国宝に指定されています。ほかに像高わずか45.5センチメートルの小像ながら、リアルな彫刻をほどこした十一面観音菩薩立像や等身大の本尊十一面観世音菩薩像、文殊堂、絹本著色法華曼陀羅図(けんぽんちゃくしょくほっけまんだらず)、海住山寺文書は、いずれも国の重要文化財に指定されています。
五重塔は、健保2年(1214)に、慈心上人によって、仏舎利を納める建物としてつくられました。塔としては大きいものではありませんが、中心の柱を1階の4本の柱によって天井の上で支え、1階を仏間にしているのが特徴です。昭和38年(1962)の解体修理にあたり、初重の屋根の下の「裳階(もこし)」を復元し、軽快なリズムをもつようになりました。現存する五重塔で、この裳階をもつのは、海住山寺と奈良の法隆寺にあるものだけです。
海住山寺の境内では、ユニークなお地蔵さんが、いろいろな形で願い事を引き受けてくれる。





