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加茂町/歴史と紹介/当尾

岩船寺(がんせんじ)

岩船寺の位置

アジサイで有名な岩船寺
岩船寺は、当尾でもいちばん高いところにある。
浄瑠璃寺とならんで、当尾の中心。

岩船寺関連のリンク先は、加茂町のリンク集へ。

岩船寺について

岩船寺山門
岩船寺山門
石風呂
石風呂

三重塔十三重石塔
三重塔      十三重石塔

白山神社おかげ踊
白山神社おかげ踊

岩船寺の創建は古く天平時代のことです

 両側から山がせまる谷の奥まったところに岩船寺があります。天平元年(729)、聖武天皇の勅願によってつくられたと伝えられ、平安時代の本尊阿弥陀如来坐像、普賢菩薩坐像、室町時代の三重塔、鎌倉時代の十三重石塔や五輪塔(いずれも重文)というように、それぞれの時代に優れたものがつくられました。歴史的にも美術的にも、浄瑠璃寺などと同じ小田原の一角に位置し、南都の影響を受けた山寺です。また、アジサイが美しく咲くことでも知られています。


本堂の阿弥陀如来坐像は和様でつくられています

 岩船寺の本堂には、堂々とした阿弥陀如来坐像があります。この像は、高さは2.84メートルという大きなもので、1本の欅(けやき)から彫り出されています。像のなかに書かれていた銘文から、天慶9年(946)につくられたと見られています。貞観彫刻の重厚さと和様という日本的な美術表現をもつ過渡的な仏像として、重要文化財に指定されています。


三方を山で囲まれた谷間に三重塔が建っています

 岩船寺の山門をくぐると、正面の奥まった高台に三重塔が建っています。この三重塔は、嘉吉2年(1442)につくられたもので、表面は板壁になっており、1階は心柱や四天柱がなく、中央に須弥壇(しゅみだん)を設けるという室町時代の特徴を示しています。内部の板壁には十六羅漢図、須弥壇脇の来迎柱には昇龍降龍などが描かれていましたが、現在では断片的に残っているだけです。

 また、それぞれの層の軒下の四隅には、邪鬼が屋根を支えるように配されています。これらの邪鬼は、塔の下からは見えませんが、西側の斜面から見下ろすことができるので、木組みの様子などとあわせて見ることができます。


境内の十三重石塔は今もその姿をとどめています

 岩船寺の境内には、13個の笠石を積み重ねた十三重石塔があります。この塔は、基壇から相輪までが完全に残る珍しいもので、重要文化財に指定されています。高さは6.2メートルで、基壇の四面には、密教で説く金剛界の四仏が、梵字でくっきりと彫られています。


唐から渡来した金蔵院の十一面観音立像

 長元8年(1035)、浄瑠璃寺に滞在していた意教(いきょう)上人に、当時の天皇が唐から渡来した7体の金銅十一面観音像の1体を預けました。その意教上人が新しくむすんだ庵が、金蔵院の前身である観音堂であるといわれています。

 金蔵院(尻枝)には、数体の仏像が安置されています。なかでも本尊十一面観音立像は、約30センチメートルの金銅仏。奈良時代に造られた小さいものですが、風格があり、これが唐から渡来したと伝えられる観音であると考えられています。


岩船寺の白山神社ではおかげ踊が行われます

 岩船寺の山門の西にある石段を上がると、白山神社(府指定)にでます。ここでは、毎年10月16日に、おかげ踊が奉納されています。

 おかげ踊は、江戸時代に人々が約60年の周期で熱狂的に流行した伊勢参りのなごりで、各地でおこなわれていました。明治元年(1868)に奉納されたおかげ踊の絵馬からは、踊の装束や様子を知ることができます。いったんは途絶えていましたが、昭和46年(1971)に復興されました。


このページの内容は「タウン&ピープル加茂2000」より

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