当尾には、数多くの石仏があります。
山あいの岩に、彫られた仏様。
そのたたずまいは、のどかな自然とあいまって、心なごみます。
石仏巡りは、心の洗濯になるかも。
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加茂町は多くの石仏や石塔があることで知られています。特に当尾南部の小田原には、浄瑠璃寺・岩船寺の界隈に、鎌倉時代後期から室町時代にかけて造立された、繊細で芸術性の高い石仏が多く点在し、石仏の里として訪れる人がたえません。
道端の巨石に彫りこまれた磨崖仏(まがいぶつ)は、数百年の歳月を経た今日もなお、訪れる人々の心をなごませてくれます。

浄瑠璃寺の門前にたたずむと、ヤツデの葉に囲まれた1本の石柱=町石(ちょうせき)を見つけることができます。これはいずれも鎌倉時代末期からのもので、麓から浄瑠璃寺まで全部で4本残っています。
門前から少し東へ行くと、東小(ひがしお)の集落にさしかかったところに、阿弥陀・観音・地蔵の三尊を刻んだ藪中(やぶなか)三尊があります。麓から浄瑠璃寺とは別の道を通り、仏谷の巨大な阿弥陀磨崖仏を谷越しに見ながら、大門、東小の集落を抜けると、この三尊の前にでてきます。当尾でもっとも古い年代に造られたことのわかる石仏です。
車の喧噪(けんそう)を離れて谷間を行くと、道端の小川に大きな一枚岩を架け、橋にした神社の参道に着きます。ここはもと随願寺という大きな寺院があったところで、創建は浄瑠璃寺より50年ほど古いのですが、火災で消失し、境内の神社だけが氏神としてのこっています。
写真上 やぶの中三尊 正面に地蔵菩薩、向かって右に長谷型十一面観音、左の岩には阿弥陀如来坐像、銘文にある弘長2年は当尾の石仏にある年号銘中最古のもの。


参道から少し山道を登ると、四つ辻にでます。傍らの岩には、阿弥陀像と地蔵像が刻まれた珍しい磨崖仏が見られます。ちょうど交差点にある礎石が、唐臼(からうす)に似ているところから、カラスの壺と呼ばれるようになりました。
四つ辻をさらに東に登っていくと、やさしく微笑みかけてくれる阿弥陀三尊磨崖仏に出会えます。俗にワライ仏と呼ばれ、もっとも親しまれている石仏です。上にのっている岩が庇(ひさし)のようにせり出しているため、雨による浸食が少なかったようです。
ワライ仏の前の道は、古くから笠置や柳生方面に通じる道筋でした。しばらく行くとミロクの辻に出ますが、この辻には笠置寺と同じ線刻の弥勒磨崖仏があります。この辻から山越えで岩船寺に抜ける道がありますが、現在は山腹に府道が通り、あまり利用されなくなりました。
写真中 ワライ仏 当尾の石仏の中でも最も知られた阿弥陀三尊像です。蓮台を捧げた観音、合掌した勢至の両菩薩を従えた浄土への来迎を示すお姿の阿弥陀如来です。
写真下 ミロクの辻の弥勒如来立像