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笠置町/歴史と紹介

笠置山 行場巡り 3

【行場巡りルート】
笠やん追悼碑正月堂弥勒磨崖仏笠置石虚空蔵菩薩磨崖仏千手窟胎内くぐり太鼓石ゆるぎ石蟻の戸わたり二の丸あと後醍醐天皇行在所貝吹き石(舎利殿、毘沙門堂)

ここから、いよいよ修行場らしい道に入っていく。少し狭く、アップダウンもあるので、気をつけて。

笠置山を登る/ 山門/ イラストMAP

笠置石

笠置石
笠置石

 笠置町という町名、知らないとちょっと読めないかも知れない。なんで「かさおき」とちゃうの? はいはい、もともとは「かさおき」から来ているのですよ。

笠置石

 天武天皇が皇子のころ、鹿を追って狩りの途中、この岩上で進退きわまり、仏を祈念して難を逃れられたので、後日の目印として笠を置かれたという伝説がある。笠置町の町名の発祥の石である。

虚空蔵磨崖仏

虚空蔵磨崖仏
虚空蔵磨崖仏

 観光案内などにもよく紹介されているのが、この磨崖仏。道が真下にあるので、足下から見上げる格好で拝するのだが、かなり大きい。天人が空から下りてきて、一夜で彫り上げたという伝説があるそうだが、天人とは渡来人のことをさすようだと、話をきいたことがある。

 「虚空蔵菩薩」は、「こくぞうぼさつ」と読む。「虚空」とは無量という意味で、広大無辺の福徳・知恵の功徳を持つと言われる。8世紀に、虚空蔵求聞持法が伝えられてから日本でもさかんに信仰されるようになった。この修法は、虚空蔵菩薩を念じて記憶力を得るもので、智慧や暗記力、に功徳があるわけだが、そればかりか、財宝、所願成就の功徳もある。

 この、垂直に近い大きな岩盤、足下は急斜面の山肌という条件で、どうしてこのような美しい均整のとれた仏像を彫ることができたのだろう? 現代のような、機械も道具のもない時代のこと、すばらしい技術だと感心するばかり。

伝虚空蔵磨崖仏

 寺伝では弘仁年間(810-824)、弘法大師がこの石にのぼり求聞寺法を修し一夜にして彫刻せし虚空蔵菩薩といわれる。彫刻の様式から中国山西省雲崗の磨崖仏に相通じるものがあるところから本尊弥勒磨崖仏と同様奈良時代の渡来人の作と考えられる。先年拓本にとり8メートル×10メートルの大掛軸が出来た。おそらく拓本の掛軸としては最大だろう。

千手窟

千手窟
千手窟

 巨大な虚空蔵菩薩像のかたわら、ひっそりと岩間にあるお堂。しかし、なかなか深い由緒のあるものである。

千手窟

 1200年来、笠置寺の修行場であり、二月堂のお水取りの行法も実忠和尚がこの修行場で行中感得されたものである。

 東大寺大仏殿建立の用材は木津川を利用し奈良へ送る計画をたてたが日照りつづきで水量少なく、計画どうり大仏殿の建立があやぶくなったとき実忠和尚がこの場で雨乞いの修法をおこない大雨を降らせ、予定通り大仏殿を完成させたと伝う。

 この故事から以後、大仏殿の修理の折は必ずこの場で無事完成を願っての祈願法要がとりおこなわれたという。

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