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笠置町/歴史と紹介

笠置山 行場巡り 6

【行場巡りルート】
笠やん追悼碑正月堂弥勒磨崖仏笠置石虚空蔵菩薩磨崖仏千手窟胎内くぐり太鼓石ゆるぎ石蟻の戸わたり二の丸あと後醍醐天皇行在所貝吹き石(舎利殿、毘沙門堂)

つづいて、山頂へ向かいます。山頂には、後醍醐天皇が陣を張ったあとが。

笠置山を登る/ 山門/ イラストMAP

後醍醐天皇行在(あんざい)所あと

行在所あとへ
行在所あとへ
行在所あと
行在所あと

 1331(元弘元)年8月26日から9月29日までの間、後醍醐天皇が生活し、鎌倉幕府軍と戦った場所。

 鎌倉時代末期、武士から天皇のもとへ政治を取り戻そうと、倒幕を計画していた後醍醐天皇であったが、謀反(幕府から見て)がばれて、南へ逃れ、笠置山の山頂に、仮の皇居をかまえた。その後、幕府の大軍が山を囲んで激しく戦い、最後は山が全焼して、天皇はかろうじて逃れたが、井手町で幕府に捕まった。その後、隠岐へ流されたものの、脱出して京都へもどり、幕府を滅ぼしたのは、皆が知るところ。

 さて、この笠置山へ天皇がついたころ、霊夢(夢のお告げ)があった。大きな木があり、南に差し出した枝の下、南の高座は天皇の座る場所であると、ふたりの童子に教えられた。その夢から覚めた天皇は、「木に南」と書く者が自分を助けると夢ときし、名将・楠木正成と対面がなったのである。

後醍醐天皇歌碑

後醍醐天皇歌碑
後醍醐天皇歌碑

 行在所、石の囲いの横には、後醍醐天皇御製の歌碑がある。

 つらいことになってしもうたワテは、秋風にさそわれるままこの地へやってきたわけやけど、まさかここまで来て、こんなきれいな紅葉を見ることになるとはなぁ。いやぁ、それにしても見事やおまへんか。

 天皇がこんな言葉を使ったかどうかはわかりまへんが・・・

後醍醐天皇御製

 うかりける 身を秋風に さそわれて
 おもわぬ山の 紅葉をぞ見る

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