笠置町のいちばんの観光名所は、なんといっても笠置山。後醍醐天皇が鎌倉幕府軍と闘ったのは、あまりに有名。しかし、それだけではなく、天武天皇、弘法大師などもゆかりが深く、絶壁に彫られた巨大な磨崖仏も圧巻。修行場めぐりは、豊かな歴史をたんのうできる。ぜひ、行ってみるべし。
![]() 登り口 |
国道163号線を走り、笠置にさしかかると、赤い笠置橋がある。ここを渡ると、笠置町の中心部に出る。少し道は狭いが、道なりにまっすぐ行くと、笠置山の登り口に出る。JRなら、笠置駅を下りて、東へ向かい、角に郵便局のあるT字路を右に折れるとすぐである。
笠置山は、山と言っても、あまり高くはない。歩いて登っても、2時間はかからないだろう。車なら、10分ぐらい。ただ、車の道は狭く、運転に自信のない人は少々怖いかも知れない。車で行けば、頂上付近、笠置寺山門手前に、有料駐車場があるので、そこにとめるとよい。
山門に至までの間、民宿がいくつかある。キジやイノシシが自慢らしい。山門前には、みやげ物屋さんもあるが、平日は店を閉めていることもある。
ここに来るには、車であれ、徒歩であれ、かなり急な坂を登ってくる。あぁ、山の上なんだなぁと、ひしひし感じるだろう。いまは、道が整備されて簡単に登れるが、むかしは厳しい地形だったことだろう。だからこそ、修行の場となったのだろうし、後醍醐天皇も要塞に選んだのだろう。過ぎ去った時代に、思いをはせてみたいもの。
![]() 笠置寺山門 |
笠置寺は、真言宗。山門に、寺の縁起が記されている。
笠置山寺縁起
笠置山寺の歴史は古く、その創建は不明であるが出土品から見て飛鳥時代すでに造営されていたようである。
奈良時代大和大峰山と同じく修験道場として栄え、平安時代には永承7年(1052)以後世の末法思想の流行とともに、笠置山寺本尊弥勒大磨崖仏は天人彫刻の仏として非常な信仰をうけた。
更に鎌倉時代、建久2年(1191)藤原貞慶(解脱上人)が日本の宗教改革者としてその運動を当寺から展開するとき信仰の寺として全盛を極めた時代であった。
しかし、元弘元年(1331)8月倒幕計画に失敗された後醍醐天皇の行在所となり幕府との攻防1カ月、9月29日全山焼亡、以後復興ならず、室町時代少々の復興をみるも江戸末期には荒廃、ついに明治初年無住寺となった。
明治9年、大倉丈英和尚錫を此の山に止め復興に力を尽くすこと20年、ようやく現在の姿に山容を整えられたのである。