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木津町/歴史と紹介/木津駅〜山田川駅

御霊神社、上津遺跡

御霊神社

御霊神社の鳥居

 加茂から木津川南岸を走り、JR奈良線をくぐるすぐ手前に、朱色の鳥居があります。

 政治的陰謀の犠牲者による疫病を鎮める神仏習合の祭りを御霊祭といい、この神社、祟りを鎮めるためのものだったようです。今もそうですが、権力にまつわるあれこれは、暗い陰も合わせもつことを感じさせます。もっとも、いまでは、不気味さはなく、静かで落ち着いた雰囲気の境内です。御霊の皆様方も、現代に生きるわれわれをあたたかく見守っていらっしゃることでしょう。

 御霊神社は、ふとん太鼓台祭りのルートでもあります。祭神等の詳しい説明はこちらをどうぞ。

桜
鳥居横で、きれいに桜が咲いていました
境内
境内はかなり広いです

上津遺跡(こうずいせき)

 御霊神社の西側の小径を北へ向かうと、住宅のはざまに広場があります。奈良時代における木津の重要性を示した遺跡で、材木を主とする物資調達のための港(津)として役所が置かれ、当時の賑わいをみせていたとのことです。

 さほど仰々しく管理されているわけでもなく、小さな公園に見えてしまうほどのこの遺跡、じつは大きな役所だったのですね。いまでいうと、国土交通省近畿地方整備局といった感じでしょうか。

上津遺跡全景

 遺跡にある説明板(木津町教育委員会)を、下に掲載しておきます。

上津遺跡石碑

 上津遺跡は、木津川の水運に関係した奈良時代の官衙(かんが)です。

 昭和51年に発掘調査が開始され、今までに160メートル以上も東西に延びる溝、これに並列する柵列、三面に廂(ひさし)をもつ高級な建物を含む数棟の掘立柱建物、多数の土壙(どこう)などが発見されています。

 またこれらの遺構に伴って多種多様の遺物が出土しています。このなかには、当時の最高級の土器である三彩(さんさい)・二彩(にさい)陶器や、官人が用いていたと考えられる円面硯(えんめんけん)・転用硯(てんようけん)・帯金具・鞘尻金具(さやじりかなぐ)などがあります。他にも当地の需要をはるかに越えた量の須恵器(すえき)や、当地で葺かれていたとは考え難い瓦などがあって、これらは他処から運んできたものと考えられます。

 以上のようなことから当遺跡は、宇治川・桂川と合流し淀川となって大阪湾に注ぐ木津川の水運を利用して、各地から物資を大和に運ぶために国家によって設けられた施設と推定されました。

 文献によると、奈良時代の木津川(当時は泉川)南岸は、「泉津(いずみつ)」と呼ばれる港が開かれ、平城宮や南都諸大寺の出先機関「木屋所(こやしょ)」が設置されていたことがわかります。この「木屋所」は、木材を始めとする各種の物資の調達を役目としていて、当遺跡と多くの類似点が見受けられます。おそらく上津遺跡は、この「木屋所」もしくはこれに類する施設であったと考えられます。

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