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木津町/歴史と紹介/木津駅〜山田川駅

安福寺、平重衡首洗池

安福寺

安福寺

 御霊神社から西へ向かってすぐ、JRの手前に、安福寺があります。門前には、「平重衡卿之墓」と。

 本尊の阿弥陀如来座像は、東大寺を焼いた罪で木津川の河原で処刑された平重衡の引導仏といわれ、本堂は重衡の死を哀れんで「哀堂」と呼ばれています。

 源氏と平氏の二大勢力が激しく対立していた時代、まるで、今の世界情勢を見るようですね。それにしても、「東大寺を焼く」というのはいけません。仏教では、「五つの大罪」として、「殺父、殺母、殺阿羅漢、破和合僧、出仏身血」があります。寺を焼くというのは、最も重い罪に当たります。

平重衡首洗池(たいらのしげひらくびあらいいけ)・不成柿(ならずがき)

池と柿
怨念の池と柿は、なんでもない場所に・・・
池
こんなに小さな池

 安福寺のすぐそばに平重衡の首を洗ったという池があるということなので、行ってみました。JRをくぐって、一筋目を北へ。狭い道を入っていきました。首を洗った池だから、ものものしく管理されていると思いこんでいましたが、どうもそれらしい遺跡がありません。そこにいたおじいさんに道を尋ね、案内していただきました。

 なんと、これまた、住宅地の中にある、公園と見まがうほどのこじんまりとしたスポットではありませんか。ここには、平重衡の首を洗ったという「首洗池」や重衡が最後に食べた柿の種が成長したが、実が成らないという「不成柿」があります。

 では、池は? 私は最初わからなかったのですが、ナナに言われて気づきました。柿の木のすぐ脇に、小さな小さな、池というより水たまりとでも言った方が良さそうな池がありました。たしかに、首を洗うぐらいなら、この程度の池で十分だろうし、大きな池より、小さな池の方が洗いやすいとも言えるでしょう。

 ここにある説明板(教育委員会)を掲載しておきます。

 平清盛の五男、平重衡は、治承4年(1180年)12月28日、源氏に味方する東大寺・興福寺を焼き打ちしました。

 その後、一ノ谷の戦いで源氏に敗れた重衡は、虜囚となって鎌倉の源頼朝のもとへ送られましたが、南都の衆徒の強い引き渡し要求に頼朝も折れ、元暦2年(1185年)6月23日、木津の地まで送られてきました。南都の衆徒は、木津川の河原で、念仏を唱える重衡の首をはね、奈良の般若寺にさらしました。

 その際、この池で首を洗い持参したと伝えられています。その後、重衡を哀れんだ土地の人々は柿の木を植えましたが、一向に実らず、このことから不成柿と称せられています。

 国鉄奈良線の東側にある安福寺には、重衡の引導仏といういわれをもつ阿弥陀如来を納めた哀堂と十三重の供養塔があります。

 説明板によると、重衡自身、念仏を唱えたということなので、仏教に帰依していたわけです。もっとも伝説は伝説なので、ほんとうに念仏を唱えたかどうかはわかりません。でも、当時の武士は「殺戮」を生業としながらも、仏教を厚く信仰していたそうですから、あながち間違いとも言い切れないでしょう。

 仏教に帰依する者が寺を焼く。仏教に帰依するものが首を打つ。これまた、現在の宗教戦争を見る想いです。

 ところで、道案内してくださったおじいさんに聞いてみました。
「柿は今も成らないんですか?」
「いや、成りますよ」
「・・・」
「ようけ実ります」
「それを食べるんですか?」
「いやぁ、食べはしません」

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